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2015/06/26

大正天皇御大礼の日程・模様・お献立 


現在放送中の「天皇の料理番」も佳境に入りました。

6月21日の大正天皇の御大礼のお料理が、すばらしくおいしそうだったのでどんなコースだったのか調べてみました。

そうしましたら、最初のスープから始まってデザートまでで合計10品もありました。


【即位礼の大正天皇】
この日は、天皇より100歳以上の長寿者626人に下賜金が贈られた。
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大正天皇御大礼の賜宴は、第一次世界大戦中の1915(大正4)年11月17日に京都二条離宮にてとり行われました。

戦時中であっても、国賓にこれだけのもてなしができた日本。

「一等国になった」

と、ご先祖さま方が涙した理由がわかるような気がします。


本記事の資料



(  )内は管理人による注釈です。

大正天皇御大礼-日程


出典:1955(昭和30)年 錦正社 石田文四郎編 「大正大事件史」



 天皇陛下には即位のため十一月六日東京御出発、翌七日京都御着。

【京都御所紫宸殿】
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式後、十一月十九日伊勢に行幸。同二十日豊受大神(外宮)に、二十一日皇大神(内宮)に夫々(それぞれ)御親謁。

【伊勢神宮】
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又(また)二十四日には、畝傍(うねび)山陵に、二十五日には桃山御陵に夫々御親謁、二十七日京都御出発、二十八日東京還御(かんぎょ:天皇・三后の行幸先からお帰りになること)。

十二月二日には大観兵式、十二月四日には大観艦式、十二月九日には上野公園に行幸東京市民の奉祝をうけさせられ、即位の諸行事を終えさせられたのであった。

【神武天皇の畝傍山東北陵】
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即位の大礼の模様-新聞記事から


出典:1955(昭和30)年 錦正社 石田文四郎編 「大正大事件史」



即位の大礼
(大正四年十一月十一日(木)東京朝日新聞所載)


 午前八時賢所(かしこどころ)大前(おおまえ)の儀開かる。天顔(てんがん)殊(こと)に麗(うる)はしく、短帖(たんじょう)に着御(ちゃくぎょ)、天祖の霊位たる万世一系の皇位に即(つ)くの告文(こくぶん)を奏し給ふ。午後一時半紫宸殿(ししんでん)の儀に移る。聖上(せいじょう)黄櫨染袍(こうろぜんのごほう)の御姿神々しく高御座(たかみくら)に昇御百官之(これ)に扈従(こしょう)す。玆(ここ)に大日本帝国統治の本位に着き給ふの勅語臣民に下さる。大隈首相南階に昇り恭々(うやうや)しく臣民を代表せる寿詞を奏上し、万歳を三唱して芽出度(めでた)く式畢(おわ)る。

【高御座(たかみくら)】
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【大正天皇即位礼当日の紫宸殿殿上(てんじょう)】
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【管理人注】

・賢所(かしこどころ)…恐れ多くもったいない所の意。宮中に、天照大神(あまてらすおおみかみ)の御霊代(みたましろ)として神鏡をお祭りになっている神殿。古来、内侍(ないし)がこれを守護したので、内侍所(ないしどころ)と申した。現今、神殿・皇霊殿と共に宮中三殿と申す。けんしょ。温明殿(うんめいでん)。

・賢所 (かしこどころ) 大前(おおまえ)の儀 … 即位礼に際し、天皇が即位のことを賢所にお告げになる御儀式。

・天顔 (てんがん) … もと天子の御顔。龍顔。

・短帖 (たんじょう) … 半帖(じょう:幕二張を一まとめとして数える語)の敷物。

・着御 (ちゃくぎょ) … 到着の敬語。おつき。もと天皇・三后(さんこう:太皇太后・皇太后・皇后の総称。三宮。三皇后)の御到着をいった。

・告文 (こくぶん) … 上告の文。もと、帝国憲法・皇室典範の成立に際して、皇祖皇宗の神霊にお告げになったおことば。

・紫宸殿 (ししんでん) … 天子の御殿。禁中。宮中。

・聖上 (せいじょう) … 天皇の敬称。

・黄櫨染袍 (こうろぜんのごほう) …天皇が晴の束帯(そくたい:正服)に着用する黄褐色の袍。紋様は桐・竹・鳳凰・麒麟。夏は糓織(こめおり:織目を透かして薄く織った絹織物)の単(ひとえ)仕立、冬は堅地(かたじ)の綾で、裏は紫の平絹。

・高御座 (たかみくら) …①天皇の御位。天(あま)つ日嗣(ひつぎ)の御位。天位。②御即位・朝賀(ちょうが)等の大儀に、大極殿または紫宸殿の中央に安置して天皇のおつきになる御座。現今は、京都御所紫宸殿に設け、即位礼の時に座御。

・扈従(こしょう)…つきしたがうこと。またその人、おとも。


(出典)1953(昭和28)年 全国書房 新村出編 「言林」




大正天皇の御大礼  洋風賜宴のお献立


出典:2005(平成17)年 中央公論社新社 秋山徳蔵 「味-天皇の料理番が語る昭和」



大正天皇の御大礼

 福羽博士のような偉い方の下にいたからこそ、私は、二十六才の若い身空で、御大礼の台所を主宰するという大役を、無事に済ませることができたのである。

 しかし、何といっても、あの時は苦心した。献立を考えるのにひと月かかった。徹夜を何べんしたかわからない。何も文献調べや何かで徹夜するのではない。頭の中で献立を作るのだ。それから、頭の中で料理を作ってみる。

 すると、どれもこれもが立派なものになってしまって、かえって魅力がなくなってしまう。

 料理にも、重点が一つあって、それが光っていなければならない。その他のものは、それ自身としてはもちろん立派なものでなくてはならないが、重点になる料理の光を消すようなギラツキがあってはいけない。そうして、コース全体が渾然とした調和を保ってこそ、最上の料理といえる。

 ちょうど、あの合唱のようなものであって、高い華やかな声を出す人の歌声が、ほかのいろいろな段階の声の中からぬきんでて聞えてくるが、それでいて、浮きあがってはいない。全体が、いかにも快よい調和を保って、耳にはいってくる。私は、西洋音楽のことはさっぱりわからないが、どうも西洋料理に似ているようだ。

 そういったわけで、頭に浮かんでくる献立を、思い切って片っ端(ぱ)しから落としてしまう。ところが、その中に、どうしても落としきれないものが残ってくる。十ぺん考えても、二十ぺん考えても、その献立が頭の中に坐(すわ)っている。それがホンモノである。こうして、煮つめて煮つめて、最後に一つの献立を決定したのであった。

(中略)

 とにかく、初の大役である大正天皇の御大礼も、無事に済ませることができた。あの厳しい大膳頭から、出来栄えは上々であったとお賞(ほ)めにあずかったときには、さすがに嬉しかった。

 その時の献立を参考までに記しておこう。ただし、洋風賜宴のものだけにとどめる。

【京都二条離宮-大正天皇即位礼御饗宴会場】
(第一日目の和食御饗宴の写真のようです)
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大正四年十一月十七日於京都二条離宮
大饗賜宴 献立


 一 鼈清羹 (すっぽんのコンソメ) 蝲蛄濁羹 (ざりがにのポタージュ)

 一 蒸茹鱒 (ますの酒蒸し)

 一 被包肥育牝鶏 (とりの袋蒸し)

 一 烹炙牛繊肉 (ヒレ肉の焼肉)

 一 煮熟冷鷸 (うずらの冷い料理)

 一 椪柑凍酒 (オレンジと酒のシャーベット)

 一 燔焼吐綬鶏 交品 鶉 生菜 (七面鳥のあぶり焼き、うずらのつけ合わせ、サラダ)

 一 湯淪溏蒿 (セロリの煮込み)

 一 氷菓 (アイスクリーム)

 一 後段果実生菓各種 (デザート)


   酒類

  一 アモンチアード寒爾利酒 (セリー酒)

  一 千九百年醸シャトー、イケーム白葡萄酒

  一 千八百七十七年醸シャトー、マルゴー赤葡萄酒

  一 千八百九十九年醸クロードヴージョー赤葡萄酒

  一 ポムリーエグルノ三鞭酒 (シャンパン)

    麵麭 珈琲及焼酒数品  

【京都二条離宮】
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【写真出典】
1928(昭和3)年 実業之日本社 増田義一編 「金枝玉葉帖:御大典記念」
1922(大正11)年 皇室写真帖発行所 皇室写真帖編纂所編 「皇室写真帖」




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