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2015/06/23

戦前日本人 「国を挙げて日本に寄生する朝鮮」


今年は日韓国交正常化50年とかで、日本人にしてみれば

「何がめでたいんだ?これを機会に韓国と断交しろ」

という感想しかありませんが、韓国は日本との関係好転を望んでいるようです。


昔から朝鮮半島は自存自立の意志なく、国家運営の気概なく、国政から防衛まで常に大国に依存してきました。

現在の日本との関係改善を望んでいる韓国の態度は、満州事変の時と同じで一時的なものでしょう。

のどもとすぎれば、また反日国家にもどるということは目に見えています。


【"独立" は口だけニダ】
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満州事変が起きるまで、朝鮮人は朝鮮独立運動を展開して日本に反抗し、日本人に危害を加えることもたびたびありました。

それがいざ身近で戦争勃発となったら、朝鮮半島を守ってくれるのは中国でもなく、ロシアでもなく、アメリカでもなく、日本しかなかったのです。

そこで朝鮮人はちょこっと親日になりましたが、日本敗戦の色が濃くなると

「来年の8月、日本はツブれる」

などと言いだし、日本人の言うことなど聞かなくなりました。


【犠牲がともなう案件は中共さま、ロシアさまではなく日本へ】
日本軍の朝鮮人部隊
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その証拠として、1945(昭和20)年8月10日、ソ連軍が朝鮮に進駐しましたが、そのとき朝鮮人らはまだ "日本人" であったにも関わらず戦闘を放棄して、敵であるソ連軍を拍手で迎えました。

終戦の5日前のことです。


【ソ連軍の朝鮮進駐を拍手で迎える朝鮮人】
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それだけでなく、ソ連軍が朝鮮に進駐したその日から朝鮮人は朝鮮各地で人民委員会を組織し、ソ連軍が進出した地域では日本人や親日派の徹底的掃蕩も開始しました。

ウリにはソ連軍さまがついてるから日本なんかすぐにやっつけてやる! 

というわけですね。

まとめると、

1945年8月10日、まだ "日本人" だった朝鮮人は敵であるソ連軍と戦うどころか拍手でソ連軍を迎え入れ、朝鮮人はソ連軍に殺されず、朝鮮人はソ連軍と共闘して日本人を虐殺した、

つまり、裏では日本の敵とつながりながら、日本に朝鮮を防衛させて軍人の血を流させ、用がすんだら今度は民間の日本人を強姦、虐殺してまわった、ということです。

しかもその日本人虐殺の理由は、反日につながる

「階級がある資本主義は敵だ」

「日本の資本主義が労農朝鮮を経済侵略した」

(↑戦後「武力による侵略」と歴史歪曲ずみ)


という共産主義によるものであって、日本人には何も罪はなかったのです。

朝鮮のことわざにあるように

狩りがすんだら犬は殺して犬鍋に

というわけですね。

こんな国を信用できますか?


【朝鮮からの引揚船-命からがら帰国した日本人たち@博多港】
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いま韓国はMARSやらなんやらで国家存亡の危機にありますが、またもや日本をなだめたりスカシたりして金を出させようとしているだけです。

朝鮮の大家族主義では、裕福な親戚が貧しい親戚を自分の家に住まわせ養うのは当然の義務であり、美徳なのですから。


今また韓国が差し出してきた両手は、日本人の血でべっとりと濡れています。

日本はもう二度と、朝鮮半島に情けをかけるというあやまちを繰り返してはなりません。

日本が味わった苦しみを、一度は韓国にも味わってもらいましょう。

隣国に裏切られ、国家は存亡の危機に落ち、同胞がどんどん死んでいくという苦しみを。


【必ず韓国は日本を裏切る-歴史が証明済み】
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【困ったら日本にすり寄ってくる寄生国家-韓国】

韓国メディア、歓迎と期待 「流れ変える歴史的出発点に」
2015年6月22日 産経ニュース

 【ソウル=藤本欣也】日韓の国交正常化から50年となる22日、韓国メディアは両国首脳が各国の記念式典にそれぞれ出席することになったことを歓迎する論調が目立った。保守系紙の中央日報は社説で「韓日関係の水の流れを変える歴史的出発点にならなければならない」と期待を込めた。

(中略)

ただし、韓国貿易協会などによると、昨年は日本からの輸入額が全体の1割にとどまるなど、韓国の貿易で日本の占める割合は国交正常化以降で最低を記録した。日本からの輸入は国交正常化直後には全体の約4割を占めていたという。

代わりに台頭したのが、今や韓国にとって最大の貿易相手国となった中国だ。昨年、韓国を訪れた観光客数は、日本人が前年比17%減の約228万人だったのに対し、中国人は前年比41%増の約612万人で全体の43%を占めた。この半世紀で韓国における日本と中国の存在感は一転した。

 ただ、韓国で中国の影響力が増大することへの警戒感も少なくない。保守系の韓国メディアを中心に、早期の日韓首脳会談実現を求める声が強まっているのもそうした背景がある。

 金鍾泌氏は中央日報紙上で、朴槿恵(クネ)大統領と安倍晋三首相に対し「感情外交をやめるべきだ」と国益重視の実利外交を説いている。




本記事の資料


(  )内は管理人による注釈です。

朝鮮の大家族主義で日本に寄生する朝鮮半島

朝鮮の大家族主義とは、貧しい者が一家まるごと豊かな親戚に寄生する慣習のことです。


出典:1929(昭和4)年 太田寿 「鮮支一瞥」



一国破産の原因

 古来の極端な階級的社会状態は遂に不健全なる思想を培うに到った。

即ち下層階級は自分達の膏血(こうけつ:血と脂)も其(その)収穫も総(すべ)て汚吏の好餌(こうじ:悪人の犠牲となるもの)となり、特権階級の私腹を肥す犠牲に過ぎない、と自身の徒労を凝視した時、自亡(暴)自棄に陥り孜々(しし:つとめはげむさま)として財を積むことの愚を知り、偶々(たまたま)僅(わずか)に賃銭を握れば宵越(よいごし)の金は持たぬものとして忽(たちま)ちこれを散じ、勤倹貯蓄の美風は地は払い、遊惰安逸僅(わずか)に口を糊すれば足る刹那の生活に甘(あまん)じ、若(も)し生活の脅威に直面すれば親族中の富豪を頼って一家これに寄食することを当然とした。

こうした弾力性のない思想は遂(ついに)は創造性を失い、発展向上を沮(阻)止し、独立心は消えて事大主義的民族性を慣致せしめ、玆(ここ)に一国の破産を将来(ママ)し、国を挙げて我国に寄食するに到ったのである。

 併合と同時に社会的階級は撤廃せられ、所謂(いわゆる)四民平等となり漸次移風改俗の実が挙(あが)っているが、伝統的な観念と風習を根本的に医(いや)することが容易ではない、現代の文化に順応すべく余りに其(その)距りは遼遠の感がある。



日本をうらぎる気満々!!
日本の投資をアテにして独立運動を展開した朝鮮


出典:1924(大正13)年 大日本社 川島清治郎 「朝鮮論」



独立論者の虚妄

 朝鮮人の一部及(および)日本人の一部は常に朝鮮独立論を唱えて居(い)る。而(しか)して(そして在鮮の米国宣教師も亦(ま)た之(これ)を教唆煽動して居る。

然(しか)れども朝鮮民屋の状態を一たび省みるときは朝鮮の独立も何もないではない乎(か)。日本人の学者論客なども彼(か)の朝鮮人の民屋の状態を一見しながら之に独立論を教え込んだとて何になる乎。

その癖これ等(ら)の学者論客は日本内地(日本国内)に於(おい)ては主として平和主義世界主義を唱え国家主義を呪い愛国主義を嗤笑(ししょう:あざわらうこと)し動もすれば国境撤廃の主義に就かんとしつつあるに拘(かかわ)らず、独(ひと)り朝鮮に関してはその独立を主張し絶叫するは何の心である乎。恐らくは何か為(ため)にする積(つもり)であろうが、醜態矛盾を極むるものと云(い)わざるを得ない。

米国の宣教師なども敢(あえ)て博愛慈善の仮面を被りつつ数十年来未(いま)だ曾(かつ)て朝鮮民族の生活状態に就(つい)て思(おもい)を致さず徒(いたずら)に彼の簇々(そうそう:むらがるさま)たる民屋の間に在りて赤煉瓦(あかれんが)の教会堂を建て陰険なる口調を以(もっ)て無心の人民を蠧惑(とわく:蠧は物事をそこない破るの意)し日本の善政を呪詛し朝鮮の不安を醸さんとするは何の心である乎。大に神の心を裏切るものではない乎。

想(おも)うに朝鮮独立論ほど朝鮮を傷(そこな)い朝鮮民族の幸福を奪うものはないのである。

 朝鮮独立論者は常に銃器を弄(もてあそ)び爆弾を投じ暗殺を企て暴挙を計画し頻(しきり)に独立運動を継続して居るから、出来得れば今日からでも直(すぐ)に独立する積(つもり)であろう。然(しか)しこれが

(一)日本を敵とし

(二)日本を離れて行われ得るもの

と信ずるは不可能であろう。

日本を敵とし今直(すぐ)に独立の行れざるは勿論(もちろん)であるが、設令日本の好意に依(よ)り独立の認めらるるものとするも、朝鮮は決して自ら独立に堪(た)えぬであろう。

(中略)

 乃(そこ)で聊(いささ)か思慮ある独立論者は自ら朝鮮の実力資力に省み 『今は独立が出来ぬ』 と云う。而して 『他日文化が向上し国力が回復した後は独立を行う』 と云って居る。

然しその時になっても朝鮮は恐(おそら)く独立するだけの国力を有せぬであろう。既に説述せる如(ごと)く朝鮮の国土はその土壌力(国土が砂まじりの赤土で農業に向かない)に於て最極度日本の七割五分に相当する資質より有せぬ筈(はず)である。



国を挙げてシナにもたれて生きてきた朝鮮人


出典:1936(昭和11)年 名古屋出版社 金振九 「国癌切開」 四、民族意識強烈の由来と現在



1. 尊周主義と事大思想

 朝鮮という国は、元来国家観念とか民族意識の、極めて希薄な国柄でありました。

私の幼少時代は 『ナーニ、日本人が東から攻めて来れば、大国人(支那人のこと)が西の方から押しかけて来て、追(おい)払ってくれるんだ』 と、口吟(ずさ)みして、心も体も凡(すべ)てを挙げて、大国人に凭(もた)れ、且つ国家も個人も、運命を挙げて支那に任せたのであります。

これは無論、寺子屋の先生とか村中の長上者(ちょうじょうしゃ)から、始終聞き慣れているからであります。



1945年8月10日@朝鮮
ソ連軍進出地域内において日本人虐殺開始


出典:1947(昭和22)年 研進社 日本経済機構研究所編 「日本政治経済の動向」 第二篇 諸階級の動向



 一九四五年八月十日、ソ連軍の朝鮮領内への進出以降、進出地域内に於(おい)ては日本勢力及び親日派、民族反逆者の徹底的な掃蕩が行われ、各地に人民委員会が形成されるという方途により解放が朝鮮大衆の手によって行われて来た。

かくて世界平和に記念すべき一九四五年八月十五日を向えるや否や即日建国準備委員会が京城に於て結成された。

朝鮮解放を真の民主主義の方向い進めるため、創立以来あらゆる面に於て領導しつつあった朝鮮共産党は八月二十日に委員会を持ったが、同党を中核として民主諸勢力は、九月に入ると共に建国準備委員会の名に於て朝鮮人民共和国の国号を制定し、全朝鮮を統一ある人民共和国として出発するかに見えた。




中国人、満州人、朝鮮人 「来年の8月、日本はツブれる」


出典:1959(昭和34)年 日本文芸社 「現代読本」第四巻第十二号 
   「虚国 『満州国』 の予言」



 日本軍政により、ドタバタと建国された「満州国」は、皇帝執政として、今はソ連に抑留されている溥儀が天津より、例の甘粕元憲兵大尉と、後に天津で銃殺された川島芳子等に連れ出され、途中、苦力(管理人注:クーリー:中国人の人夫)の変装で天津脱出をし、満州国皇帝として迎えられた。

 その実、実権は無く、すべて関東軍司令官のアゴにつかわれていた。儀式、祭祀、皇居出御(管理人注:しゅつぎょ:天皇や皇帝がお出ましになること)には一々関東軍の許可を必要とする単なるロボットに過ぎなかった。

 この国に、ドイツナチスの哲学に学んで「協和会」(日本の翼賛会か)というのがあった。国民の国家的行事、啓蒙宣伝を行った。

 勿論(もちろん)、協和会は全国に支部を置いた(五族協和)(管理人注:今でいう多文化共生)を唱えたのもここである。─── 会員の五分の二はいわゆる満州国人の官吏であって、いかにも、日、満、蒙、鮮、白露人が居た。

 中でも日本人以外はそれぞれの国で一応インテリばかりであった。それが……終戦一年前から決して日本人官吏に対し非常に冷たい態度はとる、協力はしないし、役所の仕事は投げて、室の片隅で密談ばかりする日々が続いた。

 その頃、戦果発表は怪(あや)しくなり、モウ”軍艦マーチ”も鳴らなかった。誰云(い)うとなく

「来年(二十年)八月頃日本ツブれる」

と伝わって来て、心ある日本人を怒らせた。

 一般の満人も、電車やバスの行列に、日本人を押しのけて乗る有様(ありさま)。事実、それ迄(まで)日本人は優位を信じ満人に威張り返していたが、そんな事は考えられなかった。

「来年八月ツブれる」の声は次第に大きくなっていった。

 そしてとうとう予言通り日本人は敗戦の日を「八月」に迎えた。

 それにしても、ピタリ当った八月説の予言は果して何処(どこ)から出たか?




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