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2015/06/14

国会殺人未遂事件-戦前極左朝鮮人の暴力事件@大阪市


衆議院厚生労働委員会で自民党の渡辺委員長が民主党議員に首を締められ、全治二週間の頸椎捻挫を負うという前代未聞の事件が起きました。

渡辺委員長の首を締めたのは民主党の山井和則氏ら三名だそうですが、暴力に訴えるところがいかにも帰化人なりすまし違法団体である民主党らしいです。

しかもたちが悪いのは暴力を是とする共産主義者は、こういう暴力行為を「聖なる解放闘争のため」と信じこんでいる点です。

「共産主義は宗教である」といわれるように、

日本を弱体化させることは世界のためだ!

と信じているのです。

【あと数分続けば殺されていた渡辺委員長】
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現在、韓国が「ウリが強制連行された所ニダ!」と叫んで、日本の文化遺産登録を妨害していますが、戦前日本では日本に移住してきた朝鮮人の暴力事件が頻発していました。

朝鮮人はすぐ徒党を組んで群衆となり、日本人を襲撃していました。

それに彼らは共産主義者でもあったので、群衆で労働争議を起こしてストライキをやったり、警官と乱闘など日常茶飯事でした。

その姿は国会内でピケを張って、渡辺委員長を襲撃した民主党の姿と同じです。

赤色民主党は「労働者派遣法改正阻止は労働者のためだ!」と古い、カビのはえた共産主義的スローガンを叫んでいます。

でも民主党政権時はどうでした? 

韓国人や中国人が最優先に扱われ、韓国人や中国人に日本人の税金が流れ、機密が流れ、マスコミは「日本人技術者が海外に流出」「日本人は海外に出稼ぎに行こう!」と宣伝していましたよね?

派遣社員として就労している方々には気の毒かも知れませんが、民主党の派遣法改正阻止に賛成することは民主党がめざしている日本革命に同意することになります。

民主党や共産党という政党は、弱者を煽動して革命勢力として利用するだけなのです。

これまでに共産主義者が社会問題を解決した、という例はありません。

ふりかえってみれば戦後の食料難に始まり、最近では派遣切り、東日本大震災の被災地、原発問題、ISISに惨殺された人たち、どれも途中でほったらかしではないですか?

民主党や共産党が政権与党になったら労働者天国になるのではなく、崩壊したソ連のように

・国民は死ぬまで労働することを国家(党)に約束させられ

・国民は私有財産を制限されて最底辺の生活を強要され

・共産党員でなければ家も借りられず

・働けなくなったら「廃人収容所」に収容される

そういう日本になるのです。

くれぐれも、ファウストの悪魔のような政党にダマされないでください。

【コミンテルンの正体:世界赤化工作方法】 ※( )内は管理人注
1赤化根源猶太(ユダヤ)民族の世界政策
2指導団体秘密結社、フリーメーソン(マッソン)
3実行機関コミンテルン
国際連盟
国際会議
4実   力赤衛軍、無産(生産手段を持たない労働者)大衆、
軽佻(けいちょう:軽率)インテリ層
5武   器金力、新聞、通信、出版物
6標   語自由、平等、友愛
7目   標個人、社会、国家
8宣伝誘惑手段個人主義、利己主義、唯物主義、功利主義、
刹那主義、享楽主義(セックス)、奢侈(しゃし:ぜいたく)助長主義、
恋愛至上主義、共和主義、民主主義、社会主義、共産主義

言論の自由、集会自由、出版の自由

反戦思想、不戦思想
9宣伝機関ポスター、映画(スクリーン)、演劇、ラジオ、ダンス、スポーツ

普通選挙、団結権、職業組合、労働組合、小作組合
10戦   法階級闘争、ストライキ、人民戦線統一、反ファッショ、
反戦運動、政権争奪、経済危機、平和攪乱、内乱
11目   的家庭破壊、宗教排斥、軍隊破滅、愛国心喪失、
帝政転覆、中軸崩壊、世界革命
【資料出典】1937(昭和12)年 教育勅語遵守聯盟 諏訪部一ノ輔著 「コミンテルの正体は何か:猶太民族の世界政策」 3ページ コミンテルンの正体 


【衆人環視の中で行われた殺人未遂事件】

派遣法改正案 民主党、「委員長に飛びかかるよう」文書で指示
2015年6月13日 FNNニュース

衆議院の厚生労働委員会は12日、労働者派遣法改正案に反対する民主党などの野党議員が、開会を阻止しようとして、大混乱となった。
厚生労働委員会は、派遣法改正案の審議と採決に反対する民主党議員らが、渡辺委員長の入室を阻止しようとして、もみ合いになった。
渡辺氏は、この際、首に手をかけられたり、けられたりしたという。

FNNが入手した民主党議員作成の文書では、「委員長にとびかかるのは委員会メンバー」などと、身体的に物理的な力を行使して、採決を阻止するよう指示が明記されている。

渡辺厚労委員長は、「議論をしないで、暴力で自分たちの思いを成し遂げようということであっては、これは国会の機能は果たすことができません」と述べた。
首をコルセットで固定した渡辺氏は、診断書を示しながら、全治2週間の頸椎捻挫(けいついねんざ)を負い、痛み止めの注射を打ったと訴えた。

委員会は、民主党と共産党が審議を欠席し、結局、12日の採決は見送られた。



本記事の資料



(  )内の注釈と下線は管理人によるものです。青色文字の部分は当時の新聞記事の抜粋です。

強制連行なんてウソッぱち
大阪市社会部労働課
「朝鮮人の群衆性、残忍性、共産運動、流血・暴力事件の数々と日本人蔑視は朝鮮人自らの墓穴を掘る」


出典:1927(昭和2)-1935(昭和10)年 大阪市社会部労働課編 [大阪市]社会部報告 第123号 「なぜ朝鮮人は渡来するか」



五 朝鮮人の群衆性
-1-


 内地の文化生活を夢みつつ遥々(はるばる)海峡を渡って本市へ流れ来る朝鮮人は、年々決河の勢(いきおい)を以(も)って増加しつつある。

しかし釜山埠頭で結んだ彼等(かれら)の甘夢はその内地移住と共に見事に裏切られて、貧困と争闘のうちに喘(あえ)ぎつつあるのが殆(ほと)んど例外なき彼等の哀れむべき現状である。何が彼等をそうさせたか、吾々(われわれ)はその原因の一つとして朝鮮人の群衆性を見逃すことは出来ない。

即(すなわ)ち彼等はその群衆性に禍(わざわい)されて内地人(日本人)と融和し、或(ある)いは内地の文化生活に均霑(きんてん:各人が平等に利益を得ること)するを得ないのである。

 群衆の成立は群衆心の成立によるものであり、謂(い)うところの群衆心の特徴は衝動性の劇(はげ)しいこと、盲信的且(か)つ被暗示的であること、誇張姓の強きこと、残忍性の強きことである。

いま朝鮮人の性情を見るに、彼等は天性付和雷同性を有し、闘争を好み、議論を喜び、よくこれら群衆心の諸特徴を具(そな)えている。

又(また)群衆の組織に必要なのは指導者であるが、而(し)かも朝鮮に於(お)いては近時社会主義思想を喰物(くいもの)としてその抱懐する不平不満を解決せんとする所謂(いわゆる)新人主義者あり、常に巧(たくみ)に群衆を煽動利用して自己の名と勢力を扶植するに汲々たるものが少なくないから、いづれの点よりするも朝鮮人はその群衆性を発揮するに極めて好都合な条件の下におかれてあるものといえる。

-2-


吾々はいま朝鮮に於ける各種の群衆を観察し、これを本市に於ける事例と対比して見たいと思う。先(ま)ず小作争議の群衆についていうと、小作制度の欠陥及(およ)びこれに乗ずる所謂新人主義者の煽動によって朝鮮に於いては小作争議が頻々として起る。

小作農民がその要求を主張するためには、個人でその交渉に当ることはまれで多くは小作人組合の名に於いてこれを行うのであるが、この組合なるものも一般に基礎の薄弱な全くある目的を遂行するために組織された一時的集団に過ぎないものである。

なぜならば小作人組合は一種の流行に動かされて或(あるい)は社会主義的思想系統の者に教えられて発生し、唯(ただ)漠然と多数集(あつま)って云為(うんい:いうことやすること)すれば各自の希望が達せられるというから組合を作ろうという位の考(かんがえ)に発したものに過ぎないからである。

従って多くの組合は諸種の画策をなす二、三幹部とこの画策に無批判に従う組合員から成る一つの群衆的集合に外(ほか)ならないわけで、その行動が群衆的行動に出(い)ずることの多いのは勢い免れ得ないことである。

 小作争議の群衆がその主張を貫徹せんとする手段方法としては示威運動又は直接行動によるを普通とし、示威運動としては二、三人乃至(ないし)六、七人連れだって地主を戸別訪問して交渉し、地主が検見又は差押(さしおさえ)などをなす時には多数集合してこれを監視し、威圧し、或はその不正不当を揚言(ようげん:おおっぴらに言うこと)するを例とする、直接行動に至っては業務妨害、傷害、脅迫、破壊等の腕力沙汰に出ずるものが多いのである。

-3-


 次に労働争議について一言すると、朝鮮に於いては労働条件の維持改善を目的として組織せられた労働組合の発達は未(いま)だ極めて微々たるものであるが、主義者(共産・社会主義者)の煽動によって労働争議の頻発することは小作争議の場合と同じく、その争議も亦(また)概して組織的のものでなく要求貫徹の手段の如(ごと)きも主として団結の威力と暴力行為によって雇主(やといぬし)の弱身(よわみ)に乗ぜんとするものである。

従って争議は多く群衆的騒擾的経過をとるが、争議の長引くものは殆(ほと)んどなく、大抵二、三日甚(はなは)だしきは約三十分にて解決するにきまっている。

かく争議が常にお祭(まつり)さわぎに終りがちであることは使用者側に於いて直ちに条件を承認するか、罷業(仕事をしないこと、ストライキ)者側に経済的の背景なきため短時日間に要求を撤回して就業すると云う事実を裏書するものであり、且つ労働者の要求に根拠がないばかりか彼等の性質として物事に持続性乏しくただ事を好んで起すと云うことの証左でもある。昭和四年一月元山に起った争議(朝鮮の元山でコミンテルンの「日本の後方を撹乱せよ」という指示により行われた大規模ストライキ)の如きはその規模の大なること、参加人員の多きこと、争議日数の長きことに於いてむしろ例外的のものである。

-4-


 更に学校騒ぎの絶えないことも朝鮮に於ける著しい事実の一つであるが、それにしても同盟休校(学生が同盟していっせいに学校を休むこと。三・一独立運動後も同盟休校は続いた)が専門学校学生間には殆んどなく、普通学校、高等普通学校にのみ行われるのは未成年者の陥り易き自惚(うぬぼれ)に原因するものと考えられる。

盟休(めいきゅう:同盟休校の略)の大多数は校長又は教師に対する反感又は憤慨から惹(ひ)き起されるものであるが、生徒が堂々と教員の排斥を声明し或は校長に自決を迫るなどのことは最近まで内地(日本国内)では見られなかったことで生徒の鼻息の如何(いか)に荒きかが察せられる。

 この種盟休の群衆の構成も亦(また)秩序的組織を以ってするものよりも、一学級が始めたのに自分達がこれに参加しないでは体裁がわるいというような極めて単純な考えから、一時的付和雷同的に成されるものが多く、従ってその構成結束も薄弱で、何かの障害にぶつかると忽(たちま)ちその行動が鈍ってしまうのを例とする。

最近学生間にも共産団体の使嗾(しそう:そそのかすこと)が及んで、学校騒動も次第に大規模的示威的に行わるるに至ったが、殊(こと)に女子学生の参加の多きは注目すべき現象である。

-5-


 次に衡平(こうへい)運動の群衆について観察するに、衡平運動は既(すで)に上述せる如く賤民として虐遇され来った白丁の社会的解放の叫びである。

大正十二年五月慶尚南道晋州の李学賛が衡平社を創立して衡平運動の烽火を打揚(うちあぐ)るや、従来下層階級に在って屈従的生活に苦しんでいた特殊部落民はこの機会に於いて一躍普通民と同一線上に立たんとし、その念慮の盛(さかん)なるにつれて自己解放の運動は勢いその波紋を環境の普通民に及ぼすこととなった。

しかるに普通民に於いて白丁の解放運動が動もすれば反抗的僣越的態度を示すに至ったので少なからざる反感を懐(いだ)き、かくして衡平社と普通民との紛争は生起され衡平社と普通民は互(たがい)に群衆をなして屡々(しばしば)乱闘を演じつつあるのである。

-6-


 また朝鮮では縄のれん式の飲食店が非常に多く飲食店につきものの喧嘩(けんか)がしきりに起るのであるが、一(ひと)たび喧嘩が始まるや周囲には幾十人幾百人もの人々がこれを取り巻く。

喧嘩の時間は二十分三十分長きは一時間にも亘(わた)るが、見物人は好奇心からいつまでも引揚げようとはしないのみか、大部分の者は全く傍観の態度で如何(いか)に残忍な光景が演ぜられようがただ拱手(きょうしゅ:手をこまねく)傍観、同情とか義憤から一人の加勢者も飛び出さない有様(ありさま)である。

 また何かの事故で誰かが交番に連行された場合には、直ちに黒山のような群衆が現れる。そして警官との小競合(こぜりあい)が始まったような時に、もし誰かが警官の横暴又は暴行を加えたなどの言句殊に「内地人(日本人)巡査がわが親愛なる同胞を殴打して将(まさ)に死に致さんとしている」というようなことを揚言すると、群衆は忽(たちま)ちこれを妄信し遂に一個の集団を作って交番所を包囲し或は投石、破壊、闖入(ちんにゅう:ことわりなく突然入りこむこと)反抗などの暴挙に出で制止すべからざる(できない)危険団と化するのが常である。

 一体朝鮮には火災が多く火災の度(たび)毎に火事場附近は見物の野次馬で埋ってしまう。罹災の朝鮮人は多くは周章狼狽(しゅうしょうろうばい:大いにあわてふためくこと)、大の男が声を揚げて泣きくずれるさまは見るも気の毒であるが、集った群衆は誰一人として手伝うでもなく全く面白い見物でもするが如く長煙管(キセル)をくゆらせつつ悠々たる者もあるという風で、少しでも近寄って見るつもりで押(おし)集(あつま)るから消防上の邪魔になる場合が少なくない。

-7-


 上述の如き朝鮮人の群衆性に本市に於いていかに現れているかというに、彼等は本市に来住するも多く場末に群居して特殊社会を形成し、容易に内地人と融和しようとしない。

彼等は殆んど衝動的に付和雷同性を有し、事ごとに群衆を構成して粗暴なる行動に出ずるを常とし、労働争議に、借家争議に、或は学童が殴られたとか、老母が轢(ひき)殺されたとかいえば、直ちに仲間を糾合し団結の威力を示して不当なる要求をなす風がある。

僅(わず)かな言葉の行(いき)違いや感情のもつれのために互(たがい)に徒党を組んで相(あい)争い、女や酒を原因として血の雨を降らすというような粗暴残忍なことを敢(あえ)てする。

かかる事実は日々の新聞紙の報道するところであって、左に五、六の実例を摘記する。

(実例1) 昭和四年十二月二十九日東成区猪飼野町埃沢護謨(ゴム)精煉所に勃発した争議は一旦解決した。しかるにその解決条項の実行につき一部の者に誤解あり、附近ゴム工場の朝鮮人労働者八百名を糾合し、五年一月九日一斉(いっせい)に罷業(ストライキ)した。これも警察の調停にて一時解決せんとしたが、調印の際、幹部の一名が出席しなかったのを労働者は早合点してこれは幹部を検束して弾圧するものと誤解して再び騒擾し、朝鮮人職工三十五名十二日夜十一時ごろ女房子供連まで加わり百余名示威運動を試み鶴橋署に押しかけた。 (府特高課・大阪朝日)

(実例2) 昭和五年五月三日堺市戎島一丁目岸和田紡績堺分工場に争議起り朝鮮人女工約百名工場を脱出相(あい)対峙(たいじ:対立すること)中、十五日午後九時ごろ附近の朝鮮人労働者数十名手に手に割木、棍棒(こんぼう)を携(たずさ)えて押寄せ、瓦(かわら)、煉瓦(れんが)石等を投げつつ正門を破壊し内部に乱入、片端から電球、窓硝子(ガラス)、机などを破壊し暗黒中に狼藉(ろうぜき:乱暴な行い)を演じた。こえて二十七日午後三時自由労働者を混(まじ)えて三十名鯨波(げいは:ときの声)をあげつつ春木分工場に乱入、窓硝子を粉砕し派出所に投石し、警官隊と乱闘を演じた。 (府特高課・大阪朝日)

(実例3) 昭和四年十月五日東成区鳴野町在住の××は東大阪借家人組合を組織し、自らその書記長となり自ら又は内地人(日本人)の情婦をやりて(不動産屋に行かせて)朝鮮人のために借家を借り受け、もし家主驚きて家屋の明(あけ)渡しを迫れば忽(たちま)多数を糾合して示威或(あるい)は宣伝ビラを撒布し家主を強要して立退(たちのき)料をせしめることを常習としていた。
(府特高課)

(実例4) 東区味原町徐丙元なるものが東大阪方面に於いて朝鮮のドブ酒(ドブロク)を密造販売せるを探知せる玉造署員は、昭和五年三月五日東区空堀通二丁目高溶基方二階に潜伏中の徐丙元を発見、格闘の末取押さえ同家床下に隠してあった四斗入瓶(びん)三個を押収したが、これを聞いて徐の知人七十余名は証拠湮滅(いんめつ)の目的を以って前記の瓶を破壊せんとして検挙隊と乱闘を演じた。 (大阪朝日)

(実例5) 昭和四年十月五日阪神電車野田停留所東第二号踏切にて×××なるものが轢殺されたので会社側では直ちに社員二名を派して陳謝した。しかるに同女の長男は憤慨し附近の朝鮮人を集めて会社側の不当を鳴らすと共に社員を殴打せんとしたので社員は辛(かろ)うじて逃れた。翌日代表者三名に十数名が附随して示威し、会社と交渉、後警察の調停にて解決した。 (府特高課)

(実例6) 昭和五年五月十日午後一時ごろから堺市今池町旧射的場跡(朝鮮人居住地)林斗永方で大阪府失業救済事業たる大和川道路工事に従事中の朝鮮人呉守明ほか七名が飲酒するうち喧嘩(けんか)となり、うち一名急を大和川の朝鮮人バラックに報じた(飲酒していたうちの一名が急を大和川朝鮮人バラックに知らせた)ので、同八時頃約百名の朝鮮人が棍棒、スコップ、鶴嘴(つるはし)などを携えて今池部落に押寄せ女子供が悲鳴をあげて混乱する中で男工達は大乱闘を演じた。 (大阪朝日)



 在住朝鮮人のかかる行動は彼等に特有な群衆性の現われであるが、このことは益々内地人の反感、憎悪を招き、内鮮の融和を愈々(いよいよ)困難ならしめている。

朝鮮人の付和雷同性にかてて加えて出稼(でかせぎ)人の通有性たる僻(ひが)み根性と心のすさびとが彼等を駆ってここに至らしめるのであろうが、寔(まこと)に憂うべき現象と云うべく、彼等は自身を葬るべき墓穴を掘りつつあるのであるまいか。

 日韓併合後既に二十年の星霜(せいそう:歳月)を経たるも彼我の融和は容易に成らない。朝鮮併合の主旨より推せば彼等を保護指導するは吾々(われわれ)の義務であるが、吾々が理解と同情を以って彼等に教えんとするも彼等はいつまでも旧(ふる)き民族的偏見(日本人蔑視)を捨てず吾々の親切なる忠告をも容(い)れようとしないで、徒(いたず)らに小天地に跼蹐(きょくせき:きょくてんせきち【跼天蹐地】の略。身の置き所もない思いをすること。肩身が狭くて世を恐れはばかって暮らすこと。天に跼(せぐくま)り地に蹐(ぬきあし)す)他を排斥しがちである。 

そしてその結果は貧困と争闘とを繰(くり)返えすに過ぎないのであるが、かくの如きは決して彼等の真の幸福を得る途(みち)ではあるまい。








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