HOME > 中国共産党 > title - シナ事変を長期化させたソ支不可侵条約
2015/05/23

シナ事変を長期化させたソ支不可侵条約


国連本部の核拡散防止条約(NPT)が難航しているようです。

その原因は日本の「会議最終文書に各国に被爆地への訪問をという文言を入れたい」という提案に対し、中国が「日本が他国を侵略した歴史を繰り返し否定している、加害者が被害者になろうとしている」と言って反対しているからです。

でも真実は、中国共産党がソ連と蒋介石との間に「ソ支不可侵条約」を締結させて、支那(日支)事変を長期化させたのです。

日本軍は1937(昭和12)年の南京陥落で終戦だーとすっかり凱旋気分になって、きれいな軍服で帰国しようと洗濯屋まで呼び寄せていました。

【南京陥落】
20150523nankin_kanraku.jpg【写真出典】1993(昭和5)年 石風社 麻生徹男 「上海より上海へ 兵站病院の産婦人科医」


「ソ支不可侵条約」とは、1937(昭和12)年8月29日に締結調印された条約で、ザックリいうと「蒋介石が日本と戦うのをやめたら、ソ連が保護を名目に中国に侵攻する」という内容でした。

ですから、本当は共産党が大キライな蒋介石は日本の呼びかけに応じず、日本を挑発して戦争を長引かせたのです。


中国共産党による工作で支那(日支)事変が長期化している間に、革命後でまだ体力がなかったソ連は、「五ヶ年計画」を三度実行して、国力を着々と蓄えました。

大東亜戦争を工作したのはソ連である、という証拠として、ソ連の五ヶ年計画最終年やその前後に満洲事変、支那(日支事変)、太平洋戦争が勃発し、戦後4度目の五ヶ年計画が終了する時には朝鮮戦争が勃発しています。



第一次五ヶ年計画最終年=1932(昭和7)年
 →1931(昭和6)年 満州事変

第二次五ヶ年計画最終年=1938(昭和13)年
 →1937(昭和12)年 蘆溝橋事件、支那事変 (日中戦争)

第三次五ヶ年計画最終年=1942(昭和17)年
 →1941(昭和16)年 真珠湾攻撃 太平洋戦争、大東亜戦争開戦

第四次五ヶ年計画最終年=1950(昭和25)年
 →朝鮮戦争勃発




支那(日支)事変中、中国共産党のスローガンは「倒蒋抗日」であり、中国をソ連の属領にすることが目的でした。このことは、1928(昭和3)年モスクワで開かれた中国共産党第六次大会で、共産党が高らかに宣言しています。

戦後、毛沢東が「皇軍よ、侵略してくれてありがとう」と言ったという話は有名です。

そしてのち、東京裁判では重光葵が「共産党のことから延べないと支那事変は語れない」と言ったにも関わらず、共産党関連の証拠は二、三通を残して他は却下され、東京"人民"裁判の判決は、「ぜんぶ日本が悪い」ということにされてしまいました。


【日本軍伝単(ビラ):赤化誘惑を拒め】
日本軍は白人と中国共産党を駆逐するために中国に行った。
nihongun_dentan.jpg

今回の核拡散防止条約(NPT)の会議最終文書にしても、日本にしてみれば

アジアを白人に売るために戦争を長引かせた中共が何が「日本が他国を侵略した歴史」だ! どっちが歴史を修正しとるんじゃいっ!!

ということです。

でも、日本軍が幸せだったのは、日本の国土と国民を守るために戦えたことです。

【1940(昭和15)年9月、中国で玉砕した東圏堡玉砕部隊が遺した壁書】
テンノウヘイカバンザイ 二山上ト(等)兵
20150523_banzai.jpg


それにくらべて、中国人民は中共や国民党の「抗日」という宣伝におどらされてソ連の代理として日本軍と戦い、植民地化以来ずっと中国人民を搾取してきた西洋列国の権益を守らされ、最終的に中国共産党一党独裁&恐怖政治という地獄をむかえたのでした。


【日本軍が「ハダカ同然の農民兵」と哀れんだ中国軍の兵】
20150523_nouminhei.jpg

【抗日戦で中国人民が守ったもの】
アジア植民地図

【日本軍の宣伝ビラ:英米の代理戦争をする蒋介石】
China_beiei.jpg


【加害者が被害者になりすますところまで朝鮮とおなじ】

「被爆地訪問」、日本が復活要請=「もうたくさん」と中国―NPT
2015年5月16日 Yahoo! ニュース(時事通信)

【ニューヨーク時事】佐野利男軍縮大使は15日、国連本部で開会中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の主要委員会(核軍縮)で発言し、会議最終文書の素案から削除された、世界の指導者らに被爆地の訪問を促す文言を復活させるよう求めた。
 主要委の議長は討議終了後、新たな最終文書の草案を各国に配布したが、被爆地訪問は盛り込まれなかった。再検討会議は起草委員会が週明けに最終文書の作成作業を本格化させ、最終日22日の採択を目指す。
 問題の文言は、核兵器の被害実態を直視するために被爆地を訪れるよう提案したものだが、中国が「歴史の歪曲(わいきょく)」と批判し、削除を要請した。佐野大使は「将来の世代のための核軍縮教育で最も効果的な方法の一つは、広島と長崎の訪問だ」と指摘した。フィリピンやチリ、リビアなど10カ国程度が佐野大使の要請に支持を表明した。
 一方、中国の傅聡軍縮大使は「日本が他国を侵略した歴史を繰り返し否定してきた事実を考えると、中国は(被爆地訪問)提案の誠実さに深刻な疑念を持つ」と述べ、日本の要請を「もうたくさんだ」と批判した。議場で中国の立場に賛同を表明した国はなかった。 




本記事の資料


南京陥落で終戦だった支那(日支)事変


出典:1993(昭和5)年 石風社 麻生徹男 「上海より上海へ 兵站病院の産婦人科医」 中華染色整煉公司



 鎧袖一触、南京は落ちた、戦争は終わったと、私達一同凱旋気分に酔っていた。それ故(ゆえ)、従軍記念写真帖を部隊として作成するのも、ごく自然の成行(なりゆ)きであった。

 この時、思いがけなく福岡で高名の写真家、長谷川省三氏が部隊を訪問された。この人は青年時代上海にて、欧米流の新式ドライクリーニングを修業され、事変前福岡市松屋デパートで、その工程を公開しながら営業されていた御方で、年輩も私より一廻り上。

然(しか)し彼は生来の気安さで親しみ易く、且つ福岡市で開催の大正末期、第一回の商業写真展に一位の入賞者であるだけに、私は学生時代より尊敬していた人である。

 聞く所によると、今回日本陸軍は上海戦で泥や血にまみれた軍服の洗濯を計画し、昔の腕を買われて長谷川氏は、当地に呼び寄せられたとのことである。

この為(ため)接収使用予定の共同租界平凉路近くの、英国権益の洗濯工場が、なかなか我が軍の意の如(ごと)く成らず、果ては血糊に汚れた軍衣類も、山積みのままでは変質して、最早(もは)や選択しても甲斐なきものと成ってしまったとか。それ故、近く内地に帰ると漏らされた。 



支ソ不可侵条約


出典:1940(昭和15)年 生活社 大塚令三 「支那共産党史」下巻 五、ソ支不可侵条約の裏面



 容共抗日を国是として、遂に対日戦争を挑発するに到った南京政府と、ソヴェート連邦との間に、何等(なんら)かの協力関係が発生すべきことは、戦局の進展と共に、当然来(きた)るべき既定の運命であったと謂(い)わねばならぬ。

南京政府外交部は、八月二十九日午後五時、支那とソヴェートとの間に締結調印されたもので、国際紛争解決のために戦争に訴うることを排撃するを誓い、且(か)つ相互不可侵を規定する。

 ソ支不可侵条約締結の背後にあるものは何か。即(すなわ)ち、支那のソヴェート連邦に求むるところは、現在及び将来の対日戦争におけるソ連の日本牽制、軍需品補給 ─── 概括的に言って軍事的援助であろう。

満洲国の独立に依って、その北辺、黒竜江から更に浦塩斯徳(ウラジオストック)への一線は、既に満洲国により堅く赤化防止の幕が張り巡らされている。ソヴェート連邦の支那赤化の手は、勢い外蒙、新疆へと漸次西へ移らざるを得ない。

而(しか)も、冀東(きとう)防共自治政権の組織、察哈爾(チャハル)の独立等々によって、ソ連の触手、それは昨年頭に於(お)ける紅軍勢力の台頭、新疆省の赤化を見ても、容易に窺(うかが)われ得る。

 九月六日の『大阪毎日新聞』は、信ずべき筋の情報として、南京に於ける馮玉祥とソ連大使館附(付)武官レービン少将との間に、ソ支軍事密約なるものが、折衝中であると伝え、その内容は次の五項から成ると述べている。

 一、支那は、その国内に於けるソヴェート地区を正式に認めること

 二、従来、ソ連が支那紅軍に対してなせる援助を中央軍になすこと

 三、抗日戦争に関する限り、ソ支両国は合作提携する

 四、支那は日本が政治的竝(ならび)に経済的に困憊(管理人注:こんぱい。つかれはてること)するまで長期抵抗をなすこと

 五、支那はソ連の同意なくして日本と講和せざること 

【参考資料】神戸大学電子図書システム「ソ支不可侵協定と各国 裏面に密約存在 ドイツは極めて不満 ドイツ「共産主義を排撃して世界平和をもたらそうとするドイツの努力に対し大きな反対気勢を作った」



ソ連の「五ヶ年計画」


出典:1937(昭和12)-1938(昭和13)年 東京朝日新聞社 「朝日時局読本」第10巻 はしがき



 ソ連邦は動いている。革命の進行はジグザグだといわれるが、現下のソ連は左右前後に揺れている。このソ連の全貌をカメラに収めるには、十分絞る必要がある。だがいかにせん秘密国ソ連の光線は頗(すこぶ)る暗い。さりとて絞らないでは、そこにピンボケする虞(おそ)れが多分にある。

(中略)

 ソ連第一次五ヶ年計画完成年度に満洲事変が起り、第二次五ヶ年計画の最終年度に今回の日支事変は勃発している。これは偶然の廻り合せには相違ないとしても、極東の危局は所詮は力の均衡と比重が左右する。

日独防共協定にせよ、トハチェフスキー事件にせよ、この比重の一環ではないだろうか。



中国共産党「中国をソ連の属領にします」


出典:1931(昭和6)年 日本評論社 斎藤良衛 「ソヴィエト露国の極東進出」 中国共産党第六次大会決議



 千九百二十八年の七月に「モスコー(管理人注:モスクワ)」で、共産「インターナショナル」指導の下に開かれた中国共産党第六次大会で、過去の経験に鑑(かんが)みて、従来の方針に幾分の改正を加えて居る、其(そ)の終局の目的が「ソヴィエト」露国を中心とする世界革命である事には、少しの変りは無いが、此処(ここ)に行く迄(まで)の道程としての目先(さ)きの活動方法を幾分更(変)えたと云(い)うに過ぎぬのである。



毛沢東 「皇軍よ、侵略してくれてありがとう」


出典:1975(昭和50)年 成祥出版社 葛西純一編・訳 「新資料 蘆溝橋事件」 第三部 国府側資料



 中共は抗日戦争で力を消耗することを好まず、抗日に名を借り、居ながらにしてその勢力を増大した。これは現代歴史学者の周知するところであり、最近ソ連もその事実を立証しており、中共自身すらこれを否定していない。

 文革当時の中共の出版物は再三、毛沢東が日本軍閥の中国侵略に感謝を表明している事実を伝えている。すなわち、

「日本軍国主義は、中国に極めて大きな利益をもたらし、中国人民に政権を奪取させた」

「あなたたちの皇軍がほとんどの中国を侵略しなかった場合、中国共産党は政権を獲得することはできなかった」(一九六九年八月発行「毛沢東思想万才」五三三-五三四ページ)

「全国の政権を奪取するため、われわれは何年も準備した。抗日戦争のすべての期間もわれわれは準備に追われた」(同五五二ページ)

 中国の政府(葛西注=南京国民政府)が巨大な犠牲を顧みず抗日戦を戦いぬいたのは、国を救うためであり、中共は抗日を宣伝に使って政権を奪ったのであるから目的は全く違っており、摩擦は常に起こった。故に、国共交渉は中日戦争とともに終始したといってよい。



東京裁判で却下された共産党関連の証拠


出典:1953(昭和28)年 文藝春秋新社 重光葵 「巣鴨日記」



四月二十九日 天長節 火曜日 晴

 法廷控所にて一同整列、宮城(管理人注:きゅうじょう。皇居)遥拝す。号令は南大将(平沼欠)。

 市ヶ谷沿道国旗極めて少し。

 支那共産党の権威、波多野乾一氏証人として出廷、口述書の署名を拒み、口頭を以(もっ)て証言せんとして退廷を命ぜらる(国分弁護人)。

共産党に関する弁護側提出の文書は二、三通を除き、全部却下せらる。裁判所は恰(あたか)も共産勢力下にあるの観あり。日支事変を解説するに共産党活躍の真相を究明せずしては不可能なるは今日の常識なり。



中国人民はソ連と西洋の権益を守るために抗日戦を戦った

毛沢東
「西洋帝国主義はよい帝国主義、日本帝国主義は悪い帝国主義」


出典:1953(昭和28)年 筑摩書房 エドガー・スノウ 「中国の赤い星」 2 共産党の基本的政策



 「帝国主義」という言葉を使う場合、共産主義者たちはこんにち、中国を侵略しつつある好戦的日本と、友好的、非侵略的、民主主義的、資本主義的列強とをするどく区別する。毛沢東はなおつづけて説明する。

「帝国主義一般の問題についていえば、大列強のあいだで新世界戦争にまきこまれるのを好まず、日本の中国侵略に反対する国々がある。こういう国々とはアメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ベルギーである。次に絶えず侵略的強国の脅威のもとにさらされている国、とくに日本の脅威下にあえいでいる国として、シャム(管理人注:現在のタイ)、フィリッピン、中米諸国、カナダ、印度、オーストラリア、蘭領印度がある。私たちはこれら諸国を友邦として考え、その協力をのぞんでやまない」



蒋介石
「日本軍が西洋列国の権益を侵害する」


出典:1974(昭和49)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「思想情勢視察報告集(其の五) 中華民国に於ける不逞鮮人並に中国共産党の動静」所収
昭和13年6月 司法省刑事局 「支那の抗日運動に関する資料」



国際反侵略大会中国分会
全世界人士に告ぐる書

(前略)

 今日全世界均(ひと)しく知れるが如く日本軍閥の野心は全中国を滅亡せしむるにあり 日本の一切の虚言は(所謂反共も其(その)内にあるが)総(すべ)て五千年の歴史と四億五千万人口を有する独立の和平を愛好せる民族を毀滅せんとする口実なり

而(しか)して(そして)全世界又(また)日本の領土的野心は決して中国に限らざるを承知せり 日寇の所謂(いわゆる)中立国権利を尊重するの虚言は全世界の識者を嘲弄せるに過ぎず 今日日寇の占領せる中国地域内に於て一切の列国権益が蹂躙せらるるのみならず非戦闘区域内の中立国の大使、牧師、商船、軍艦、教会、文化慈善機関も又(また)屠殺爆撃せられたり






関連記事
スポンサーサイト