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2015/05/11

朝鮮人労働者を虐待したのは朝鮮人ブローカーだった


日本の明治産業革命遺産が世界遺産登録勧告を受けた件で、とうとう「軍艦島で強制労働させられた!」と証言するじいさんが現れました。

そのじいさんは、麻生太郎財務大臣に関連する麻生炭鉱で強制労働させられたのだそうです。


【このじいさん】
chosen_tami2.jpg写真出典:「かんこく! 韓国の反応翻訳ブログ」さん


でも、真実は朝鮮人出稼ぎ労働者を虐待していたのは、朝鮮人ブローカーでした。

当時、朝鮮人は中華思想で日本人をさげすみ、共産主義で日本を破壊してやろうとたくらみながらも、日本に出稼ぎに来ていました。

そういったふうで、朝鮮人は日本が大嫌いでしたから日本が悪徳ブローカーを取り締まるために設置した職業紹介所や公共宿泊所を利用する朝鮮人は少なかったのです。

関釜連絡船が下関港に到着すると、日本在住朝鮮人ブローカーはブローカーを取り締まる官憲の目を逃れるために朝鮮の民族衣装である白衣に着替えて到着した朝鮮人になりすましました。

【朝鮮の白衣】
この民族衣装で日本に渡航してきた。
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そして、あてもなく渡航してきた朝鮮人に札束を見せて自分が経営する労働下宿(飯場)に連れこんで飯を食わせ、法外な代金を請求したりして朝鮮人渡航者の所持金を奪い、別の営利募集人に売り飛ばしたりもしました。

また、朝鮮人自身が日本に来る前に労働下宿の親方に就職あっせんを依頼して、みずから労働下宿に飛びこんだりしていました。

日本にやってくる朝鮮人はほとんど日本語が理解できなかったので、見知らぬ異国で同胞に声をかけられたらホイホイと付いて行ってしまうのは当然ですね。

労働下宿というのは、ブローカーが経営する食事付き宿泊所のことです。朝鮮人の渡日激増にともなって、この労働下宿も増加しました。その結果、生まれたのがのちの朝鮮部落です。


当時、企業や工事現場、鉱山、炭鉱などの給料は月2、3回に分けて支給されていました。ブローカーは自分が支配している全労働者の賃金を企業から受け取り、それから食事代や寝具代などの名目でかなりの金額をピンハネしたあとで、労働者に賃金を支給していました。

しかし、朝鮮人労働者は無一文で日本に来るので、日銭が必要になります。タバコを吸いたいし、酒だって飲みたいし、バクチもやりたい。

そこで、労働下宿の親方=ブローカーに賃金の前借りをしました。この前借り金には利息が加算されます。こういう前借りがたびかさなって、朝鮮人労働者はしだいに抜き差しならない状態になっていきました。

この前借り金がある状態で現場から逃亡すれば、捕まってひどい目に合わされるのは当然です。


その当時の日本は、関釜連絡船が下関港に到着するたびに、警察官が渡航証明書の照会をしたり、到着した朝鮮人の日本にいる身内に連絡をとったり、日本語がわからない朝鮮人に代わって切符を購入したり、乗り換え案内から身の上相談まで、万事遺憾なきよう手配していました。

日本は「労働者募集取締令」も施行して、渡来朝鮮人が悪徳ブローカーの犠牲にならないよう規制もしていました。

こういった日本の規制をくぐりぬけて、一銭でも多い金を得ようと自分らの好きなようにしていたのが朝鮮人です。

劣等民族が用意したものなどいらない、劣等民族の指図は受けない、と好き勝手した結果、日本国内にいくつも朝鮮部落ができ、世界でもめずらしい植民地民の宗主国逆移民という現象も起き、朝鮮人がいかにイイ思いをしてきたかという証拠ができました。

朝鮮人の安全、発展を願って尽力した日本に対し、韓国はみずから出稼ぎに来ておいて「強制連行」だの「強制徴用、強制労働」だのとありもしなかったことをデッチあげて世界に宣伝し、日本に謝罪と賠償を求め、世界遺産登録まで妨害しようとしているのです。

こういう気が狂っているとしか思えない国とは、一秒でも早い断交を望みます。

【同胞がやったことを「日本にやられた」と捏造する韓国】

韓国が猛反発する日本の世界文化遺産登録、92歳の強制労働経験者が「日本人は韓国人同士で殴り合いをさせた」と体験語る―韓国メディア
2014年5月11日 Yahoo! ニュース (レコードチャイナ)

2015年5月11日、中国新聞網は韓国メディアの報道を引用し、日本の植民地時代に福岡県の炭鉱で労働を強いられたと話す92歳の韓国人男性を紹介した。

韓国では、日本が世界文化遺産登録を目指す「明治日本の産業革命遺産」に対して反発の動きが出ている。この男性も韓国の市民団体が起こした反対運動の中で自らの体験を語ったもので、「毎日、採掘現場で12時間を超える労働を強いられた。作業の手を緩めると棒で殴られた」と当時を振り返っている。さらに、「日本人は我々を直接殴らず、韓国人を使って同胞を殴らせた」と述べ、「日本人はいつも韓国人のことをうそつきだと言っていたが現在の日本はどうなのか?」、「当時は大豆の絞りかすさえ満足に口にできなかった」と語った。

男性は1943年に麻生炭鉱に連れて来られ、戦後になって帰国することができたという。同炭鉱は「明治日本の産業革命遺産」リストに含まれていないが、韓国側は登録に反対する理由として第2次世界大戦当時に約5万7900人の朝鮮半島出身者が日本で非人道的な労働を強いられ、大勢の犠牲者が出たことを指摘している。(翻訳・編集/野谷)



【管内在留朝鮮人年次別数 (福岡地方職業紹介事務局編)】 
軍艦島がある長崎県は、九州内では福岡に継いで朝鮮人労働者がめざして行った場所。炭鉱や港湾労働者などの仕事があったため。
県 別
大正12年
12月末現在
大正13年
12月末現在
大正14年
12月末現在
昭和元年
12月末現在
昭和2年
12月末現在
昭和3年
12月末現在
長 崎1,7172,3182,4072,3813,0454,324
山 口5,1315,7864,7955,7616,8418,839
福 岡10,37712,54313,35713,81016,07321,042
大 分1,1761,0501,0459161,1891,547
佐 賀6826747098698931,259
熊 本4295249181,326842179
宮 崎315233304352364814
鹿児島202170173178250455
沖 縄81615131014
合 計20,03723,31423,72325,60629,50738,473


本記事の資料


「内地」とは日本のことです。

山口県
在日朝鮮人が官憲の目を逃れるため朝鮮の民族衣装に着替えて到着者になりすまし、朝鮮人を強制連行


出典:1929(昭和4)年 福岡地方職業紹介事務局編 「労働調査 8 管内在住朝鮮人労働事情」 第一、朝鮮人内地移住の趨勢並(ならびに)在留者の現状

※上掲の表の出典も同じ。


三、渡来状況と職業別調

 渡来朝鮮人の下関埠頭に於(お)ける状況を見るに未見の内地に対する無限の憧憬と凡(あら)ゆる抱負希望を胸裡に秘めて一路平安一衣帯水の下関港に到着した朝鮮人は異様の帽子に白衣を纏(まと)いて如何(いか)にも悠々緩々に見受けられる。

彼等(かれら)の上陸後の状況を窺(うかが)うに、関釜連絡船の発着毎に所轄警察署員並(ならび)に昭和館職員が駅の係員と協力して乗車船券の購求(買い求め)、行先地乗換(のりかえ)駅を記入したる切符の交付より関門地方在住の親戚、兄弟、友人等に対する呼出しの打電照会(管理人注:〇〇さんが到着したので迎えに来てくれなどの連絡)或(あるい)は身の上相談等全力を挙げて斡旋(あっせん)に努め萬(よろず)遺憾なきを期して居る。

彼等(かれら)は前記係員や在住の友人知己等に依りて購求せられたる乗車券を入手して夫々(それぞれ)行先地への発車時刻を待(まち)合わせ総数の約七割六分は山陽線によりて大阪、名古屋及(および)東京方面に向い、残りの約二割四部は関門海峡を経て九州地方に流れ込むのである。

彼等(かれら)は車中に於て申(もうし)合せたように乗車券と前記の切符並(ならび)に封筒(落付先(おちつきさき)の在住朝鮮人名を記したるもの)を虎の子のように大切に所持しているのを克(よ)く見受くる処(ところ)であるがこれは渡来朝鮮人の将来の運命を託する唯一の鍵(かぎ)である。

而(しかし)て(そして)彼等の中には所謂(いわゆる)暴虎馮河に類する大胆なる無銭旅行者に等しい者の数も決して少なくないので、之(これ)が善後処置に就(つい)ては関係当事者の常に腐心焦慮する処である。

更に下関に在住せる(している)朝鮮人にして関釜連絡船の発着毎に駅に出張(でば)り平素の着衣を白衣に着換えて一見鮮地(管理人注:朝鮮)より渡来したる者の如(ごと)く装い、巧(たくみ)に官憲其他係員の警戒網を逃れて巧言美辞を以(もっ)て親切ごかしに自己の経営せる飯場又は下宿に連れ込み、飲食を勧めては不当の代金を捲(ま)き上げ、尚(なお)所持金多き者は無理にも引(ひき)留(と)めて下宿させ、所持金が尽きたと見ると渡来朝鮮人の内地語や内地事情に通ぜざる(通じないこと)を奇貨として郷里に金を局留(きょくどめ)に請求させては之(これ)を種々の口実を設けて取込む如き、又は乗車券の購入を引受けては目的地以外の切符とすり換えて其(その)間の賃銭を横取りし、甚(はなはだ)しきに至りては渡来朝鮮人を営利募集人に売り渡す等寒心に堪(た)えざる(たえない)種々の不良の行為が従来屡々(しばしば)繰返されていたのは事実であるが、現在に於ては官憲の厳重なる取締と昭和館職員の出張並(ならび)に特に鮮人職員を雇用して渡来朝鮮人の案内に当らしむる(あたらせる)等、全力を挙げて渡来者の斡旋に尽力しつつあるを以て、未(いま)だ如上(管理人注:上に述べた)の如き不逞の行為が根絶される迄には至らないが、漸次かかる誘惑不正の事実が減少しつつある事は大いに慶すべきであると云(い)わねばならぬ。


六、朝鮮人内地渡航者取締

 朝鮮に於ける朝鮮人労働者の漫然内地渡航は大正十四年十月以来釜山港で阻止して来たが昭和二年一月から十二月迄(まで)の一ヶ年間に阻止された者は八万三千四百七十七人に対し渡航者二十四万六千八百九人を示し結果は依然として香(かんば)しからず、口が有るからとの内地からの招きに応じたものすら渡航後の就職状況は面白くなく、結局それ等(ら)渡航者自身糊口(ここう)に窮(きゅう)するのみならず内地の失業者を脅かす事となるので向後は更に厳重に取締って朝鮮人失業者に対しては可及的鮮内に於ける職業を与える事にしたいと云(い)うので、昭和三年七月二十四日附(付)朝鮮総督府警務局は各道警察部宛左記の条件の下に渡航を許可すべき旨通牒を発した。

 一、就職に確実なりと認めらるる者
 
 二、船車の切符代其他(そのた)必要なる旅費を除き六十円の余裕を有する者(出発地に於いては目的地迄の所要旅費見込(見込み)額と準備金十円とが合計金額以上を所持する者たること)
 
 三、モルヒネ注射常習者にあらざる(ではない)こと

 四、労働ブローカー(桟橋其他に於て見せ金を貸与し或(あるい)は証明書を発行する者を指す)の募集に応じての渡航にあらざること

 尚(な)お渡航希望者は所轄警察官駐在所から釜山水上署宛の紹介状必帯(必携)の事、紹介状を発した駐在所では其(その)都度署長宛報告することとしたのである。



東京府
みずからブローカーに職業あっせんを依頼する朝鮮人


出典:1929(昭和4)年 東京府学務部社会課 「在京朝鮮人労働者の現状」  二、雇用関係



1 就職機会

 何等(なんら)頼る所もない朝鮮人労働者が、はるばる内地に渡航して来て、如何(いか)なる方法に依(よ)り就職機会を得ることが出来るであろうか? 之(これ)は甚(はなは)だ興味ある問題であるばかりでなく、該問題を明(あきらか)にすることは、彼等(かれら)に対する政策を立つる上に考慮せざるべからざる(管理人注:しなくてはならない)事項である。

 初期に於(お)ける内地移住の朝鮮人労働者は、彼等が渡航する前、已(すで)に一定の職業が定って居(お)り、且つ渡航前に於(おい)て選択の自由さえあった。即ち、当時内地に於ける企業界の好景気(管理人注:第一次世界大戦の軍需景気)は、之が朝鮮まで波及するようになり、鉱山、炭鉱、開墾事業方面の労働者需要の範囲は、極めて広く、企業当事者は朝鮮にも手を延ばして、労働条件の比較的悪くてもよい朝鮮人労働者の移入に没頭したのである。

然(しか)るに之等(これら)のブローカー式労働者募集の結果は、労働者自身に不利なる点多く、甚(はなは)だしきは監獄部屋の如きに叩き込まれて、その生死の如何(いかん)でさえ判明しなくなった者さえ多く出すようになった。爾後朝鮮人労働者は、漸次之等のブローカーの甘言を斥(しりぞ)けて、自分自ら内地渡航を企てるようになり、従ってその職業の如きも渡航後自ら発見せねばならぬようになったのである。

其(そ)の方法の一般的なものとしては、先渡(さきわたし)朝鮮同胞に依頼するか、または労働者募集の広告に応じて、大胆に単独の交渉をやるとか、人夫部屋の頭の世話とか、最近に於(おい)ては公益職業紹介所の紹介に依ると云(い)った風で、其の数が増加するにつれて就職の方法もまた新(あ)らたに発見されて来るようになった。

 而(しかし)て(そして)、初期に於ける彼等は、一般内地人労働者と同様に、内地人の親方の下に居(お)り、その生活を支持して来たのであるが、段々其の数が殖(ふ)えるに従って、同類意識の喚起と、同類集団の必要と、便利に依り、最近に至っては彼等のみの自治的生活、若(もし)くは朝鮮人のみの部屋又は飯場が相当に多くなって来た。従って彼等の職業の如きも、之等の部屋頭、人夫頭の世話に依(よ)って就職の機会を得るようになって来た。

※管理人注:飯場(はんば)とは、鉱山・土木工事等にある一種の労働制度。飯場頭または納屋頭と称する者が、自分の支配下の労働者の合宿所を経営し、労働者の人数と稼ぎ高とに応じた給料を資本家から受け取り、その上前を取って労働者に支払っていた。納屋。 


神戸市
渡来した朝鮮人がまっさきに向かうのは同胞経営の労働下宿である


出典:1927(昭和2)年 神戸市社会課 「在神半島民族の現状」  二 本籍別人口調査



 兎に角(とにかく)内地へ足を運ぶ鮮人に金の用意のあるものは四ッ葉のクローバーを見付けるより骨の折れる仕事とさえ言われて居(い)る。

かく懐中に鐚(びた)一銭持たない勇士が第一に落ちつく先は職業紹介所でもなければ市立の宿泊所でもない、言い合わせたかの様(よう)に一斉(いっせい)に鮮人相手の労働下宿へ流れこむ。そして此処(ここ)で飯代や賃金の頭をはねられながらか細い生計の灯をとぼとぼと立てて行こうという趣向なんである。

さてこの労働下宿が何を放っておいても労働市場に近い土地を選んで巣を構えることも簡単に想像される点であるが、この事実は同時に鮮人部落形成の一素因を雄弁に物語って居る。即(すなわ)ち一軒の労働下宿の存在はやがては多数朝鮮人の流入を刺戟(しげき)し、多数朝鮮人の蝟集(管理人注:いしゅう。あつまる)はやがては更に労働下宿の開店を促すといった因果関係を明々白々に明示する。



ブローカーは自分の隣りの家の人間でもダマして連れてくる

朝鮮人従軍慰安婦が「隣りの家の人に呼ばれて慰安所に連れて行かれた」とか言ってましたね。

出典:1930(昭和5)年 実業之日本社 井上準之助著 「国策経済を語る」 自由渡航と出稼ぎ鮮人



 其(その)次には日本にも沢山(たくさん)朝鮮人が参って居(お)りますが、此(この)事柄に就(つ)きまして一応研究して見たのであります。只今(ただいま)内地に来て居(い)る朝鮮人の総数は二十万人と見積って居ります。

(中略)

状態はどうであるかと云(い)うと、丁度(ちょうど)カリフォルニアに行って居る(管理人注:アメリカに移民した)日本人と同じ事でありまして、極(ご)く少数の人間は金を貯めて内地に送金します。そうして自分の出た村で田地を買って大層都合の好(よ)いような(管理人注:恵まれている)人もあります。

併(しか)しながら大多数は中々苦しんで居るのであります。其(その)間に悪い仲介者がありまして、連れて来て木賃宿(管理人注:きちんやど。客が食物を持参し、薪代を払い、みずから炊事して宿泊する下等の宿)に追(おい)込んで置いて、職のない間は食い扶持(管理人注:くいぶち。食費)を貸して置く。そうして職を得られたときには、酷(ひど)い手数料を取って非常に虐(いじ)められるのが多いのであります。それで帰ろうとすれども旅費も無く、着物もないと云うような有様(ありさま)。

良い方の側で申しますと、自分が日本に来て職を得て、其(その)雇主(やといぬし)の請託(管理人注:せいたく。ねがいたのむこと)に依(よ)って自分の隣家、或(あるい)は隣村の者を内地に連れて来ると云うような有様であります。



賃金ピンハネの方法


出典:1935(昭和10)年 労働事情調査所 「労働事情調査報告 第1集 (臨時工問題の研究)」  四 労力供給請負制度と中間搾取問題 三、賃金頭ハネの方法


 
 然(しか)らば工業主が人夫供給請負人に対し請負契約によって支出したる人工単価或(あるい)は単なる人夫供給により支出したる賃銀がどんな順序を経て労働者の実収入となるか、言い換(かえ)れば如何(いか)なる方法によって中間搾取が行われるかを見よう。

 一般に工業主の賃銀支払は月二回若(もし)くは月末勘定であるが、労働者は日毎に賃銀受取の必要に迫られているから、ここに必然的に賃銀立替日払の要求となり、労力供給請負人たる親方がその間に介在して立替日払をなすに至る。

この賃銀立替日払の手数料及び利子も一種の頭ハネとなり、漸次労働者の無智(知)と弱点に乗じて正当なる理由の有無に関せず、種々の名目の下に手数料其(その)他の費用を徴するため雇主と労働者の間に在(あ)る幾段かの段階毎に(後掲の人夫供給請負業者連絡図参照)その賃銀中より差引かれ、俗に云(い)う出面(管理人注:でづら。日雇い労働者などの労賃)を幾重にも削られて行く。この結果、労働者が賃銀として実際に受取るものは、その日の生活にも充(み)たされない極(ご)く少額のものとなってしまうのである。

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 労力供給請負業者は普通、人夫請負業者と土木請負業者の二種類に分(わか)つことが出来る。ここでは工場労働者と直接関係のない後者を除いて、前者の人夫供給請負業者についてのみ述べることとする。

 人夫供給請負業者と称するものは所謂(いわゆる)人夫供給のブローカーと言われるもので、営利職業紹介所の専門化したものと認められ、土木請負業者の大部屋、孫部屋等と大いにその性質を異にしている。

人夫供給請負人は概ね労働下宿の設備を有し、一般には何々組、何々商会、何々会と称し、常に営利職業紹介所を利用し、或(あるい)は人夫募集取締令による正規の手続をとらずして飯屋、電柱、共同便所等に官公署人夫雑役夫募集の貼紙をなし、公益職業紹介所に対しては個人名義を以(もっ)て求人申込を為(な)す等、不断の努力を費すものである。

これらの宣伝又は募集に応じて訪れた求職者からは、例えば東京及び隣接町村の実例を挙げると、一円乃至(ないし)二円の入会金を徴し、その貸与する労働用具の保証として三円乃至(ないし)五円を預り、住込(すみこみ)の者よりは寝具代及び部屋代として一日二十五銭を徴し、食事付の場合は八十銭を徴収するのを普通としている。

そして常に五名乃至(ないし)八十名内外の止宿者を有し、賃銀の清算は月一回乃至(ないし)三回を普通とし、決して日払を為(な)さないのである。また五日分乃至(ないし)十日分前後の収入を貯蓄の形式で差引き請負人の手許(てもと)に保留し、以て労働者の足留(あしどめ)策としているのである。

 需要先は官公署、会社、工場等の臨時工、人夫、雑役夫、手伝(てつだい)を主とし、一般家庭の大掃除、移転等から建築工事に於ける大工、左官等の手伝に至るまでを含んでいる。

 人夫供給請負業者は一般に玄関構え堂々として電話を備え、労働者からは大将と呼ばれて長火鉢の彼方(かなた、あちら)に袒袍(管理人注:袒はかたはだ脱ぎ、袍はどてら、綿入れ)を着し、大布の座布団の上に親分然と納まり返っているのである。

 労銀は凡(すべ)て親方が直接集金し、その頭ハネは概ね一割乃至(ないし)五割にして、賃銀が高くなるにつれて頭ハネの率も高くなっているようである。例(たと)えば一円五十銭の場合は二十銭以上五十銭を刎(は)ね、三円の時は五十銭以上一円五十銭を刎ねているのである。

彼等(かれら)同業者間には需給調節のため相互に連絡がある。供給に不足を生じた場合にはその需要口一人につき普通十銭乃至(ないし)三十銭の頭をハネて他の同業者に之(これ)を回付する。これを引受けた同業者が、之を充足する時に足らない時は、更に他の同業者に前と同様の頭ハネを為(な)した上、更に他の同業者に引継がしめる。こうした連絡が繰返されて行く結果、労働者は出面(賃銀)を数次に亘(わた)って削られ、遂に賃銀の体裁を為(な)さないまでに差引かれてしまうのである。

 けれども人夫供給請負業者は仕事にあぶれ(仕事なくして徒食すること)るよりも、一食なりとも有りつきたいという労働者の弱点につけ込み、僅(わず)かな実収賃銀にも拘(かかわ)らず一人前の労務を課するのである。

また他面に於いて需要不足の場合は、住込の労働者は前記の如く数字に亘って削られ細った労銀に甘んずるか、さもなくば徒食の外(ほか)途(みち)がない。

徒食は即ち前借(まえがり)となり、この前借が重なって行って抜差(ぬきさし)がならなくなり、此処(ここ)から足を抜けられなくなってしまう。親方は之(これ)に対して何等(なんら)の義務を負わないのである。


備考=××鉄工所×島工場人夫供給請負業者××組所属では、就働した一週間分は貯蓄と称して差引かれ、而(しか)も宿泊料は其(その)他の手数料と共に差引かれるから、精勤格勤しても就働して一ヶ月間は一銭の賃銀収入も得られない勘定である。之(これ)は作業場が孤島で労力が不足勝(がち)な為(ため)に、一種の足止策として行うものと考えられる。 又(また)神奈川県川崎××化学工場に於ける人夫請負業者××組では、一定量の労働を一日一人の賃銀契約で請負いながら、休憩時間をも与えず半日で終了せしめ(管理人注:させ)、更に同日他工場で同一人に同様の労働を為(な)さしめておいて(管理人注:させておいて)、而(しか)も労働者には存分に頭をハネた上での一人分しか賃銀を支給しないという極端に悪辣なのがある。


 しかしながら、労力供給請負人は必ずしも全部が以上のような賃銀頭ハネをやっているわけではなく、供給人が会社から直接に供給人夫に対する手数料が支払われ、事実上頭ハネが防止されている事例も少なからずある。次に示す某製鉄所の供給請負人はこの手数料制度によっている。

そうしてこの制度は監督官庁の努力と相俟(あいま)って漸次普及されて行く傾向にあることを附言しておきたい。





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