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2014/06/17

桜花特攻隊員と慰安婦 愛情の実ることを恐れて


韓国の元従軍慰安婦らは、『日本軍は妊娠した従軍慰安婦の子宮を取り出した』とか『腹を裂いた』などとウソ八百を言いふらしています。しかし、事実は、日本兵は時局が時局なだけに、愛情の実ることを恐れて、慰安所を利用するたびに慰安婦を代えるというようにしていました。


【 従軍慰安婦-不都合な真実_(日本語ナレーション版) 】
李守山「旧日本軍による拷問で体中にやけどを負い、妊娠発覚後に子宮を摘出させられた」。



戦局が差し迫った1945(昭和20)年、鹿屋航空基地の桜花特攻隊員だった山本飛曹(飛行兵曹)の恋人は慰安婦でした。しかも、その慰安婦は山本飛曹の子供を身ごもっていました

「桜花」という特攻機は、一式陸上攻撃機につり下げられて上昇し、上空で母機を離れて、搭乗員もろとも敵機に体当りするのです。

山本飛曹は自分が出撃するまで、恋人に客を取らせないよう、俸給や軍で支給される菓子までも恋人に渡していました。

そして、昭和20年3月17日午前2時、山本飛曹は第一回神雷部隊桜花隊として出撃し、散華しました。


【桜花特別攻撃機】
大東亜戦争は共産主義者らによる凄惨な日本リンチで、資源を枯渇させられた日本はここまで追いつめられていた。
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【桜花を抱いた一式陸上攻撃機】
常に最前線の爆撃、雷撃に出動したため、被弾による火災が多かった。米軍は一式陸攻に「ワン・ショット・ライター」というニックネームをつけていた。
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ベトナム戦争で韓国軍は大勢のベトナム人女性を強姦、虐殺し、その私生児である「ライダイハン」という問題をベトナムに残しました。

けれども、韓国が主張するには20万人の朝鮮人女性が日本軍に強制連行されて行った。なのに、一人として日本人との混血児を生んだ従軍慰安婦がいない。

その不都合な真実を正当化するために、日本軍が従軍慰安婦の子宮を取り出したとか、虐殺したというデマを世界中に広めているのでしょう。

韓国の元従軍慰安婦らが語る「従軍慰安婦哀話」は、聞くに値しない、下劣な作り話です。

日本軍の真実と元従軍慰安婦らのデマをくらべてみて下さい


鹿屋航空基地でも、慰安所は航空基地近くの民間人経営遊廓が軍指定の慰安所として利用されています。


出典:1958(昭和33)年 日本文芸社 「現代読本」 元海軍報道班員 野方和彦  「人間爆弾桜花隊出撃の前夜」 



特攻基地情話

 高隈山を背負った南国の町── 鹿屋は大隅半島の中央部の、ちょうど鹿児島湾を挟んで鹿児島市と向い合った丘陵地帯にある。

【鹿屋航空基地】
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 沖縄方面で必死の攻防戦が展開されている最中で、日本全海軍の航空勢力がここに集中した観があった。街中が武装していたといってもよいだろう。

 ただ、その中で、周囲の風光だけは違っていた。

 南国の春は早い。本州で寒いさかりの二月から、もう樹木は精気を取り戻したように青い葉を茂らせはじめるのだった。周囲に眺められる青く煙った山なみの茶色は美しかった。静かな海面はコバルト色に澄んで、ふと苛烈な戦いが行われていることを忘れさせるような、南国的な情趣があった。

 しかし、それに偷安(管理人注:とうあん。目前の安楽をむさぼること) するには、あまりに現実は苛酷に過ぎた。連日の米機の空襲がそれを妨げたのだ。

 すでに広い飛行場の施設や附属建物など、地上に出ているものは重なる空襲で吹き飛ばされ、残骸と化している。立木まで焼けただれていた。

 そんな或(あ)る夜だった。

「よオ、これ行きませんか?」

 小雨の晩、坂道で山本飛曹が私に声をかけて来た。みると、一升壜(びん)を合羽(かっぱ)で隠すように持っていた。うしろに温和(おとな)しい宮田飛曹が微笑して立っていた。

 二人は台南航空隊から神雷部隊の特攻隊員に応募参加し、すでに猛訓練を経て鹿屋へ配置されたのだったが、出撃命令が下るまでは比較的楽な勤務だった。

 ふたりの勧誘を受けた私は、

「御馳走(ごちそう)だね。しかし、お楽しみの邪魔をしちゃ…」
「いや、飲むだけですよ。今夜は湿っぽいからアメさんも来ないでしょう」
「それじゃ、あンたの彼女の顔でも拝見に行こうかな」
「あれ、いやだな。そんなこと云(い)って」

 しかし、嬉しそうに山本飛曹は笑った。

 坂下の川に沿って、駅に近いところに基地の兵隊専用になっている遊廓が十軒ばかりあった。きびしい軍律もそのままでは通用しにくい最前線である。

 赤いネッカチーフを肩のあたりにひるがえした白粉(おしろい)の濃い女たちが、喰いつくような紅い唇を無理にひんまげたお世辞笑いで「男」に還った兵隊たちを「慰安」する。

 玄関が張り店(管理人注:もと遊廓で盛装した娼妓が、客を待つために並んで店を張ったこと)になっていた。安普請だった。

「よオ、楓(かえで)はいるかい?」

 声をかけながら、勢いよく山本飛曹は入っていった。ワンピース姿のパーマネントをかけた女が先にたって、私たちを二階の六畳間へ案内した。それが楓という源氏名の山本飛曹の馴染(なじ)みの女だった。

「おい、これ!」

 ポケットから羊羹(ようかん)を取り出して女に渡してやる。膳の支度が出来て、私たちがコップで酒を酌み交わしている間

「おいしいわ」

 といいながら楓は羊羹を食べていたが、急に眼を光らせて、

「貴男(あなた)、もう行っちゃったかと思っていた」

 その調子に真剣なものが感じられた。

「へへへッ、それがお茶を引いてね」

 冗談めかしていう山本飛曹の眼眸(まなざし)にも愛情がこもっていた。

 罐詰(かんづめ)を食い荒し、酒壜を空にして、私たちは外へ出た。雨はあがっていた。と── 、

「あいつ、これなんですよ」

 仕草をまじえて、山本飛曹がいった。

「えッ?」

「俺の子供をどうしても産みたいって聞かないんで」

 慰安婦の妊娠、── 時が時だけに異常な話だった。肉体だけを求め、愛情の実ることを恐れてその度に女を変えるのがここではふつうだった。自分の子を姙(みごも)った女に、少くとも自分の生きている間は「妻」として他の男を客にとらせないために、山本飛曹は俸給手当など支給されるものをそっくり楓に廻しているという。是否(ぜひ)は問うまい。── 切なく悲しい情話だ。私は胸打たれた。

「俸給の前借もしているし…早く死なしてくれないと楽じゃないですよ」

 屈託なく山本飛曹は声を立てて笑った。

「君はどうなの?」 私はつつましい感じで控えている宮田飛曹に訊ねてみた。

「こいつのは、何ていいますか、それ、プラトニックっていうヤツでね」

 脇から引取って山本飛曹がいった。つづいて宮田飛曹が、

「街で偶然行き逢(あ)った女学生から人形のマスコットを貰っただけですよ」

 と説明を加えた。

「しかし貴様は、彼女の家へも遊びに行ったじゃないか」

 酒が入って益々陽気になった山本飛曹が、からかうようにいった。

「いや、お返しに配給のアメを持っていっただけだ」
「ふーン、とにかくロマンチックな奴じゃ」

 感に耐えた山本飛曹の口振(ぶ)りに思わず笑わされた。しかし、これも美しい話ではある。


その前夜

 ついに出撃命令が下った。

 来るべきものが来たのだ!

 明日は征(い)で立つ興奮と決意に、頬をこわばらせながら、若い隊員たちは雀躍した。

 やがて彼等は、咽喉(のど)の千切れんばかりに声を張り上げて合唱した。料亭の一室だった。

 ♪貴様と俺とは同期の桜
  別れ別れに散るとても
  花の都の靖国神社
  庭の梢(こずえ)に咲いて逢おうよ

「神雷部隊」の歌だった。合唱の人数がいつか増えていった…。

「宮田、貴様ァ悲観しとるのか?」

 その夜町の料理屋から隊へ戻って来た山本飛曹が、一人ぼんやりしていた宮田飛曹に声をかけた。先日の空襲で、右上膊部(じょうはくぶ)に負傷した宮田飛曹は選抜から洩れたのだった。

「悲観はせん。すぐあとから征く。ただ、貴様と一緒に死んでいきたかった」
「そうか!」

 二人は固く手を握り合った。顔を見合せる瞳が曇っていた。

「しっかりやって来いよ!」

 宮田にいわれて、山本は笑って応(こた)えた。

「大丈夫だ。俺ァ操縦は下手だが、今度は帰って来なくてもいいんだからなァ」

 精一杯の冗談だった。

【出発を待つ神雷特攻隊】
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 山本飛曹は桜花機とともに海神に帰した。間もなく上膊部の負傷も癒えた宮田飛曹も、第二回の出撃で散華した。

 引きつづいて繰り返された桜花隊、爆戦隊の必死の特攻隊攻撃。そして海上部隊の大和を中心とする最後の殴りこみ作戦も、あえなく潰(つい)え去って、ついに敗戦へと追いやられるに至ったのである。

 滅びる前の一瞬、華やかな残燭(ざんしょく)にも似た太平洋戦争末期の花こそ、神雷部隊桜花隊であった。




【桜花を搭載した一式陸攻】
敵第五艦隊めがけて突入した特攻機は、九州から1465機、台湾の基地から約500機、総数1900機以上にのぼった。共産党の日本上陸を阻止する、この死に物狂いの反撃の中に、恋人とまだ見ぬ我が子を遺して出撃した山本飛曹がいた。


またどこかで、元従軍慰安婦が『日本軍に妊娠させられ、子宮を摘出された』と大ウソを言いふらしているのを見かけたら、山本飛曹と楓さんのことを思い出して下さい。

そして大勢の日本兵が、元従軍慰安婦らが言いふらすのとは逆の意味で、慰安婦に愛情を持たぬよう、自制して死んで行ったことを思い出して下さい。

日本から戦争をなくすために必要なのは憲法9条ではなく、日本から共産主義者どもを追い出すことです。


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