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2015/01/28

ISIS人質事件と弱虫な日本人


ISIS(イスラム国)に二人の日本人男性が拉致されて、一週間がすぎました。

残念ながら湯川さんは落命されたようですが、この一週間で事件がかなり韓国臭くなってきました。

韓国人は自身の姿を日本人に投影して、日韓併合前から「日本人はを弱虫だ」と言っていました。

なので、今回の人質事件で日本がISISをおそれ、身代金をすぐに支払うと考えたのではないでしょうか?

そして、人質はすぐさま解放されると踏んだのでは?

しかし、もくろみは見事にはずれ、後藤氏は処刑の危機にあるようです。


hitojichi1.jpg

【後藤氏が出入りしていたとウワサされている場所】



朝鮮人が「日本人は弱虫」とさげすんできた歴史



日韓併合前、朝鮮にはフランス、イギリス、アメリカから宣教師がやってきて、朝鮮人にキリスト教を布教しました。

そして白人宣教師らは朝鮮に教会を建て、朝鮮人らに排日を煽動していました。

そこで、異国の宗教に接した朝鮮人はこう考えました。

「日本人は白人をおそれるから、白人の宗教であるキリスト教を信仰しよう!そうすれば世界が朝鮮の味方になったとおなじだ」

【天主教教会@朝鮮】
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【日本人は白人コンプレックス!!とさけんでお里が知れた例】



その後、李王太子と梨本宮方子(まさこ)女王殿下ご成婚の際、朝鮮総督府の大官が礼儀として祭壇に拝礼したことがありました。するとそれを見ていた朝鮮人は、

「日本人は国の情勢が思わしくなくて、どうしていいかわからないから、我々の祖先に拝礼して神力を借りようとしている。我々に総督府の大官が礼拝した、次は天皇がきて我々の祖先に拝礼するだろう、我々の祖先は認められてきた、その子孫であるわれらは日本人に尊敬されるにちがいない」

とささやきあいました。すごい買いかぶりですね。日清戦争や日露戦争など、なかったことになっていたようです。


【朝鮮での方子妃】
nashimotonomiya_joou.jpg【出典】李方子著 「すぎた歳月」


そして現代、韓国の歴史教科書には日本軍が朝鮮独立軍に負けた理由として

「兵士たちの心が戦争を恐れ、生き残るための逃亡が極限に達し、軍紀が乱れ射撃が正確にできず、伏して銃を撃つだけであった」

と書かれています。

日本にしてみれば朝鮮独立軍とか朝鮮光復軍とかいうのは、軍ではなくタダの共産匪賊でしたし、朝鮮軍と交戦したという記録もありません。

交戦したこともないのに、日本人を「弱虫」と決めつけ、国民に教育しているのですね。


【青山里の戦い】
19世紀のような地上戦。青山里は中国の地名。
aoyama.jpg【出典】1998(平成10)年 明石書店 石渡延男監訳 三橋広夫共訳 「入門韓国の歴史-国定韓国中学校国史教科書」 独立軍の抗戦


一方、日本軍とガチで戦争したアメリカ兵は、

夢にまでゼロが出てくる。ゼロはまだ生きてるんだ

カミカゼ日の丸ノイローゼになり、それもあってか日本は約4年間、日の丸掲揚を禁止されました。


【零戦におびえる米兵@米軍撮影】
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今回の人質事件も、朝鮮人は、

いま日本は右傾化しているから、戦争に突き進んだ時のように、「人質解放」へ世論が一気に動くだろう

と考えたのではないでしょうか?

ところがどっこい、それは日本人に弾圧されたことのない民族の悲しさで、日本人は世論に流されず冷静でした。


日本人というのは、自分のことよりもまず、家とか国とかの大きないのちのことを考える民族です。

今回の人質事件でも、まず日本人は国の立場を考えました。だからこそ、

「ISISに拉致されたのは自己責任」

と言っているのです。


共産主義者がいうようにテロリストに身代金を支払えば、それは個人が国を食い物にするということです。

また国が全日本国民をテロリストに売ることにもなります。

それじゃあ、まるっきり韓国じゃないですか?

日本人は、白人をおそれ、国民をおそれて国が衰亡してゆくそんな「弱虫」ではないのです。


本記事の資料


天皇がきて、朝鮮人の祖先に拝礼するだろう


出典:1923(大正12)-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 「朝鮮総督府調査資料.第20集 朝鮮人の思想と性格」 47ページ (ト)利己的判断



 御成婚の慶典に隨(したが)って各種の盛儀が催された、其(その)中で朝鮮の先賢を祭られた事があるが(大正十三年二月初旬)此際(このさい)総督府の大官が親しく祭供の席に列して礼拝をした。

 之(これ)に対する民間の批評中

「日本人は国歩艱難に際して如何(いか)に之を切抜くべきかを知らない、そこで我々祖先に幣を厚くして神力を籍(か)らんとするのである、己(おのれ)に大官が礼拝した、今後は国王が来(きた)り拝せられるであろう、吾我(われわれ)の祖先は今や認められて来た、その子孫たる吾等(われら)も亦(また)内地人(管理人注:日本人)よりも敬せられるに違ない」と。
(大正十三年四月日流言京城に於(おい)て某(なにがし))






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