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2014/10/28

ソ連に利用された歴史が大事!おろかな特亜と反日勢力


韓国がまた「誠意を見せろ!」と日本に要求しています。

日本から見れば、特亜三国がいう「歴史問題」とは特亜三国がソ連に利用された「結果」であって、日本が誠意を見せる必要などありません。


【利用された民族】
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戦前、ソ連が特亜三国を赤化した理由は

植民地を赤化して宗主国に反発させ、資源・物資が宗主国に流入しなくなれば帝国主義(資本主義)国が弱体化する

からでした。

中国を赤化すれば中国を植民地にしていた西洋列国が弱り、朝鮮を赤化すれば日本が弱り(実際は朝鮮に依存しているものはほとんどなかった)、同時に満洲を赤化してソ連が南下しやすくなります。

そうして帝国主義(資本主義)国が弱ったところで、革命を起こす。それがソ連の狙いでした。


中国をソ連にするために死んだ中国農民たち



特に中国人民は、革命後のソ連が国力を蓄えるまで、ソ連の代理として日本と戦うことを強要されました。中国軍に挑発された罪なき農民たちはその犠牲において、ソ連の安全を守らされたのです。

蒋介石が南支那を席捲したとき、スターリンをはじめとするソ連要人は小躍りして喜んだといいます。なぜなら、このことはソ連の国境が南支那まで伸びたことを意味し、同時に中国をソ連の属国にしたのと同意義だったからです。

元駐日大使だったベセドウスキーは

「蒋介石の南支席捲に対し、日本が軍事干渉でも試みれば、アッサリとバイカル以東を日本に明け渡してもかまわない意気込みだった」

とスターリンの意図を語っています。


日本は、確かに中国へ進軍しました。でも、その理由は「中国侵略」ではなく、中国から共産党を追放するために行ったのです。同じく、ドイツがソ連という大国に挑んだのも、そこに共産党がいたからです。


【日本軍が中国でまいた宣伝ビラ「赤化誘惑を拒め」】
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農民に分け前はない



戦前、戦時中、中国共産党や朝鮮人が日本を排斥した理由は

「日本帝国主義の経済侵略」

でした。

日本が朝鮮に投資したことや、中国人民に物資や食糧を配給したことは、共産主義者から見れば「経済侵略」だったからです。それなのに戦後、特亜三国は歴史を修正して「日本帝国主義による武力侵略」としてしまったのですね。

外国を武力侵略するのは共産党ではないですか?

日本人としては、ソ連崩壊後も「反日本帝国主義!」と金満ブルジョア共産党に言わされている中国人民を見ると、哀れでなりません。

現在日本で中国のために働いている議員や反日外国人は、支那事変(日中戦争)の時の哀れな農民たちと同じです。

美しい思想にダマされた農民たちに分け前はないのです。


【毛沢東】
農民は前線で死ね。
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朴大統領「関係改善へ日本が先に誠意を見せるべき」=日韓議連との会談で述べる―韓国メディア
2014年10月27日 レコードチャイナ

2014年10月24日、聯合ニュースによると、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領は青瓦台(大統領府)で、日韓議員連盟の額賀福志郎会長らと会談した。「対話によって日韓関係を改善したい」との安倍首相のメッセージに対し、朴大統領は「先に日本が誠意を見せるべきだ」と述べた。(以下省略)




本記事の資料


ソ連の代理戦争をやった中国


出典:1937(昭和12)年-1938(昭和13)年 東京朝日新聞社 「朝日時局読本.第10巻」 7ページ



ソ聯(連)はどう出るか

ソ聯邦と支那との関係は、一朝一夕の関係ではない。四億からの人口を包容している支那が、古来から政治的に経済的に、欧米列強の野心の目的物となり、今尚(なお)国内情勢が混沌としていることは、何条コミンテルンの見逃すべき。

コミンテルンは早くから支那の存在に着目して、これを世界革命の原動力たらしめようとしていた。支那を赤化すれば、ここに植民地的利益にあずかっていた諸列強は、その糧道をたたれて、資本主義国は弱体化を免れないというのが目の着けどころであった。

 一九二七年支那の国民革命が成功して、蒋介石の率いる北伐軍が、破竹の勢(いきおい)で中、南支を席捲した時、スターリンを始めソ聯要人はそれこそ欣喜雀躍といった恰好(かっこう)で「我事(わがこと)成れり」と狂喜したものであった。
それはその筈(はず)であって、ヨッフェやカラハンをして準備工作をして念を入れさせた外(ほか)に、ボローヂン(政治顧問)、ガレン(軍事顧問で、現在の極東赤軍司令官ブリュッヘル元帥)をつけて、孫文始め国民党を抱き込んでいたのであるから、蒋介石の勝利はとりも直さず、支那をソ聯の属国にしたと同様の意義があったのである。

日本がこれに軍事干渉でも試みようとせば、アッサリとバイカル以東を日本に明け渡しても構わない意気込みであったとベセドウスキー(元駐日代理大使で、其後(そのご)亡命者となった)は、スターリンの意図を暴いている。

この危機一髪の際に、蒋介石の寝返りが演ぜられ、ソ聯は一大失望と、蒋介石に対する骨髄に徹する恨みを抱いたのであった。しかしその時から支那にはソヴェト区という産物が残されて、数十回に亙(わた)る共産軍討伐も完全にソヴェト区を解消せしむるに至らず今日に至ったのであった。

 其後はソ聯邦も国内建設に忙しく、コミンテルンの支那共産軍援助も消極的となっていたが、一昨年第七回コミンテルン世界大会に於(おい)て、人民戦線戦術を確立するに及んで、特に支那においては国民党と接近して、抗日戦線を強化する具体的方針が極(きま)り、爾来支那共産党の政治活躍は活発となって来たのである。

(中略)

 現在ソ聯の国内情勢は、直接外地に於て対外戦をやることを許されず、又(また)それ程も充実していないが、支那国民軍に兵器、弾薬、飛行機等を提供して、抗日戦に駆り立て、これによって幾分でも日本の戦闘力を削ぐことが、ソ聯にとって一種の防壁作戦だとしている。

支那の犠牲に於て、ソ連の安全を防禦(ぼうぎょ)するという遣(やり)方は人民戦線戦術の最高目標であって、今や支那はソ聯の術中に陥って、抜き差しならぬ立場に追(おい)込まれているのである。




ソ連はズルイ国


出典:1938(昭和13)年 南洋協会 「赤魔の手は伸びる」 二、ソ聯の指揮に踊る共産軍 4ページ 



 支那共産党はソ聯の傀儡と見て誤りない。ソ聯の指揮に操られ、ソ聯の物質的援助を受けて踊っているのである。

 ソ聯は日本の極東進出を好まない。近年の極東防備強化はそれがためである。然(しか)し自ら日本と戦うよりは支那をして戦わしむれば、自分の兵を痛めずに日本の兵力と経済力を消耗せしめることが出来るという狡(ずる)い考えをもっている。

ソ聯が抗日支那軍に飛行機を供給し、操縦士を送り、「有る時払い」に等しい寛大な条件で武器を供給しているのは、詰り「己自ら戦うよりも安上りに日本を痛めつけることが出来る」という打算から出ているのである。




帝国陸軍「中国軍の兵器はソ連製」


出典:1938(昭和13)年 陸軍恤兵部 陸軍画報社編 「支那事変戦跡の栞.中巻」 154ページ



 この日の敵機は全く見慣れない型で、低翼単葉引込脚の、見るからに俊敏な、戦闘機でイタリー製のブレダ機ともつかず、ソ聯式の戦闘機とも俄(にわ)かに断定し得ない奇妙な飛行機であった。(これは結局ソ聯機であった事が後で判明)




外交官、外務大臣、全権大使を歴任した重光葵
「友好を結ぶふりをして中国に侵入したソ連」


出典:1952(昭和27)年 中央公論社 重光葵著 「昭和之動乱」上巻 支那革命小史



 五・四運動の火の手が盛(さかん)に燃え上っていた頃、ソ連政府は、カラハン外務人民委員代理の名において、帝政ロシア時代の在支権益一切を放棄し、平等の原則の下に、中ソ国交の快復をはかる旨の宣言を発した(一九一九年七月二十五日)。

 翌年春には、コミンテルンの東亜部長ヴォイチンスキーが来支した。彼はまず北京で李大釗に会い、次いで、上海において陳独秀と会った。かくして、翌年七月上海において、中国共産党第一次全国大会が開催され、中共が正式に成立を見ることになったのである。一全会には陳独秀、陳公博、〇(管理人注:召にりっとう)力子、周仏海、毛沢東が出席し、ヴォイチンスキーもオブザーヴァーとして列席している。






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