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2014/10/25

安全な場所から戦争を煽動したマスコミ


またもや、日本の反日マスコミが神風特攻隊をさげすみました。

戦時中、日本のマスコミは空襲からイの一番に逃げだして、安全な場所から戦争を煽動していたそうです。そして日本配線後、マスコミはGHQの日本弱体化政策に迎合して、「日本軍は悪だった」という宣伝を開始しました。


【別盃】
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戦後日本には「軍の上層部はおめおめと生き延びた、死ねばよかったのに」といった言動をする人たちがいます。この人たちにしてみれば、日本軍には全滅して欲しかったでしょう。

戦後計画していた「日本革命」のために。

そして、

大東亜戦争は日本が共産党の侵略と戦った戦争だと、後世の日本人にバレないようにするために。


【あまりにもヒドイ毎日新聞の反戦プロパガンダ】

神風は吹いたのか? 4000人が死んだ「特攻」
2014年10月24日 毎日新聞

■特攻の命中率 終戦直前は9機に1機の11%
初陣戦果に「有効性」思い込んだ海軍
初めての神風特攻隊は在フィリピンの第一航空艦隊(一航艦)司令長官、大西瀧治郎・海軍中将が編成し、
海軍最後の艦隊決戦となったフィリピン・レイテ沖海戦に投入された。関行男大尉を隊長とする敷島隊計5機が1944年10月25日、米海軍の護衛空母「セントロー」(7800トン)を撃沈。他の3隻に損傷を与えた。

初陣での破格の戦果に、海軍は戦術としての特攻の有効性を信じた。

防衛庁防衛研修所戦史室(現在の防衛省防衛研究所戦史部)が編さんした戦史叢書によると、一連の「比島特攻作戦」で海軍は436機、陸軍は243機が出撃。成功率は約27%だったという。
この数字は高いのか、低いのか。目標に向かって急降下しながら爆撃する「急降下爆撃」という戦術はもともと、従来の水平爆撃以上の命中率を得るために編み出された。開戦時の真珠湾攻撃で、一航艦(南雲機動部隊)の九九式艦上爆撃機は急降下爆撃で命中率58.5%を上げている。
42年4月のインド・セイロン沖海戦では、英東洋艦隊の空母「ハーミズ」に対して命中率89%を記録。
史上初めて空母機動部隊同士が激突した42年5月の珊瑚(さんご)海海戦で、日本軍は米空母「レキシントン」に命中率53%、米軍は空母「祥鳳(しょうほう)」に命中率32%の戦果を残している。
そうした数字と比べて、レイテ沖海戦時の特攻成功率は特に高い数字というわけではない

しかも特攻戦術による命中率は次第に低下していく。軍事史研究家の故・小沢郁郎氏は自著「つらい真実 虚構の特攻隊神話」(同成社)で、出撃機数や米海軍の被害統計などを精査。
フィリピン戦期(1944年10月~45年1月)は23.5%だった命中率が、沖縄戦期(45年3月~終戦)は7.9%に低下していたと算出した。

【参考】神風特攻隊の戦果はこちら


「東日本大震災」が起きたとき、現地のマスコミは一目散に逃亡しました。そして、安全な場所から「放射能の影響は直ちに影響はありません」と時の民主党政権におもねった報道を繰り返しました。

このようなマスコミの体質は戦前からのものです。

しかも、大本営は中国共産党や上海仮政府と関係があった北一輝の働きかけもあって誕生しています。

そういった当時の共産勢力の悪事を隠ぺいして、ぜんぶ日本が悪いといった共産党のプロパガンダ(宣伝)を正義然として語るのはいかがなものでしょうか?


【東日本大震災発生当日のフジテレビ】
東北地方太平洋沖地震-フジテレビ記念撮影2


【被災地で記念撮影するNHK】
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【東日本大震災 福島から逃げたマスコミへの福島県民の怒り】




本記事の資料



元海軍参謀
「日本軍を酷評する連中は沈没する船から逃げだした連中だ」


出典:1960(昭和35)年 自由アジア社 安延多計夫著 「南溟の果てに」 まえがき



まえがき

 人として、誰が死なんと願う者があろうか。ただ自分の生に対する愛着よりも、国を愛する熱情が、さらに強いから、喜んで身を捨てて、任務のために、国のために、一死もって最後の御奉公をしているのである。

 これは実に非情であり、無慈悲にみえるが、これが戦いというものの姿なのだ。キリストは、「友のために命を棄つる、これより大なる愛はなし」と訓(おし)えている。

身をもって国に殉じたこの赤心、最後の瞬間まで戦った旺盛な闘魂には、無条件で頭を下げてよいのではあるまいか。

 こういう事情も知らずに、戦争中は、山間僻地の一〇〇%爆弾の落ちてくる心配のないところに疎開して、同胞が最後の闘魂を結集して敵と戦かっているときに、のほほんと暮していた連中が、戦後、時を得顔にこれらの戦士たちの行動を酷評し、やけっぱちの自殺行為のごとくいうのは、ちょうど沈没せんとする船に乗っておりながら、自分はイの一番に助かりそうな場所に逃げて、船を救うために、水一杯も掬(く)み出さなかった卑怯者が、後になってからとやかく文句をいうのに等しい。



総決算

 アメリカ側ではこんな見方をしている。

「アメリカ艦隊が沖縄に現れた時、日本の放送は騒々しく誇らしげに、彼等(かれら)がわが神風特攻攻撃の行動圏に入って来たことは、まことに絶好のチャンスであって、太平洋からアメリカ海軍の勢力を抹消することはいと易いことである。神風特攻隊員は一機一艦の作戦で、アメリカ海軍の最後の一隻となるまで戦うであろうと言った。しかし、日本はこの一機一艦の取り引きは容易でないということがわかるまでに、三五〇〇機の代価を支払った。これは日本海軍が使用し得たであろう全航空力に近いものである」




マスコミ「敵が上陸したら一兵あますところなく殲滅する」


出典:1961(昭和36)年 錦正社 里見岸雄著 「萬世一系の天皇」 第九節 空襲下の「日本国体学」執筆



 十九年二月八日の私の日記の一節には『フィリッピンの戦は、最初のうち、いよいよここで日本軍の実力を見せるぞ、上陸したが最後、一兵も余す処(ところ)なく殲滅するという事を、新聞でもラジオでも放送し、フィリッピンは大陸的性格を有する、太平洋の孤島とは聊(いささ)かちがうぞと盛(さかん)曰(い)ったものだが、どうも此頃(このころ)の戦況ではこちらがやられているという形だ。




マスコミ「特攻隊は勇ましい」


出典:2010(平成22)年 新潮社 水口文乃著 「知覧からの手紙」



第二章 覚悟

 「還らざる任務」。その言葉に目を奪われました。
 その一ヶ月ほど前にあったフィリピン決戦では、陸海軍の航空主力が投入されていました。十一月四日、大本営は利夫さんのいる第二四六戦隊にも、フィリピン島への転用を発令しています。

本隊が出征し、残った特別操縦見習士官を中心に残置隊が編成され、彼らはより激しい訓練に身を投じなければならなくなっていました。

サイパンに進出したアメリカ軍が、いつ阪神地区へB29を差し向け、空襲を仕掛けてくるかもわかりません。ときは逼迫していました。

 そうこうしているうちに、「特攻隊」のニュースがより頻繁に報じられるようになってきました。フィリピンのレイテ沖海戦において、「神風特攻隊」という、海軍の飛行兵の活躍と戦果が、判で押したように「勇ましい」「勇ましい」と華々しく伝えられます。

〈こんなことをしなければ、日本は勝つことができないんだろうか〉

 最初こそ、勇敢な飛行兵と利夫さんを重ね、私までもが偉くなったような気分でいましたが、幾度となく伝えられる体当たりに、生身の人間としての彼らの気持を考えるようになりました。

 飛行兵は、必ず「にっこり笑って」飛んでいき、戦いの状況といえば、勝利ばかりが伝えられます。しかし、その一方で、市民はご飯も満足に食べることができない。日用品を買うこともできない。生活が苦しいのです。

 勝ち戦ならば、特攻隊のような切羽(せっぱ)詰まった作戦を行わなくてもいいのではないのだろうか。国を信じ、国のために絶えず活動をしていた私でさえ、この頃になると、報道されていることが信用できなくなっていました






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