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2014/10/13

朝鮮農奴を日本へと追いやった朝鮮人地主と差別


朝日新聞が産経新聞ソウル前支局長拘束事件について、「韓国の大統領の位置づけは国家元首であり、日本における首相よりも大きな権力がある」と記事にしました。

この発言は「韓国人記者のもの」とされていますが、朴槿恵氏が大統領になれたのは、日本のぬくもりのおかげではないでしょうか?

今回の産経新聞ソウル前支局長拘束事件の根底にあるものは、朝鮮人の「日本人蔑視」でしょう。

朴槿恵氏や李明博氏が韓国大統領になれたのも、日韓併合で朝鮮農奴が日本に渡航できるようになり、日本のぬくもりで生き延びたからです。

日韓併合がなかったなら、どこかでのたれ死にしていた者が、 天皇陛下を侮辱するのは許され、日本人が韓国大統領を侮辱するのは大罪であると断罪するのは

朝鮮農奴> 天皇陛下および日本人

という日本人蔑視があるからです(憲法9条のおかげもありますね)。


【朴韓国大統領 「日本を千年恨む」】
日韓併合がなかったら存在していなかった韓国大統領。日韓併合がなかったら農奴朴正𤋮は朝鮮のどこかでノタレ死にしていた。20130215.jpg


【朝鮮京城府下-貧民の穴居@東京府撮影】
穴を掘って上に布をかけただけの住居。この穴居からはい出た貧民が借金して日本に渡航してきた。
kekkyo_500.jpg



異例の記者訴追、韓国に国内外から懸念 産経記事巡り
2014年10月9日 朝日新聞

 産経新聞の前ソウル支局長が8日、韓国の朴槿恵(パククネ)大統領に対する情報通信網法違反で在宅起訴された。同紙のウェブサイトに掲載した記事で朴氏に関する「うわさ」を伝えたとして名誉毀損(きそん)の罪に問うが、「報道の自由を脅かす」との懸念が国内外で出ており、公権力行使のあり方をめぐって批判が高まるのは必至だ。

(中略)

 日本での取材経験がある韓国人記者は、韓国の大統領の位置づけを「国家元首であり、日本における首相よりも大きな権力があると受け止められている」といい、「その権威を傷つける私生活の疑惑を報じた産経側に問題がある」とする。

 一方で、戸惑いも感じているという。「韓国では言論の自由が保障されているはず。裁判まで持っていく必要があったのか」(吉浜織恵、清水大輔)

ソース元URL:http://www.asahi.com/articles/ASGB875XKGB8UHBI038.html?ref=reca


朝鮮農奴を苦しめた李朝の小作法、朝鮮人地主、舎音(サオン)、秋収員


日韓併合当時、朝鮮人民の約8割が土地を持たない小作農(農奴)でした。

朝鮮の古来から続く小作法では、地代の支払い方法が2種類あり、分益法と呼ばれる地代支払いが主流だったそうです。


定額法…地代を収穫物または金銭で地主に支払う方法。

分益法…地主立ち会いで収穫物を脱穀し、地主と等分する方法。しかし、実際はワラに残ったモミが小作人の取り分とされていた。



日韓併合後、朝鮮農奴が打稲法(イネを木などに打ちつけてモミを落す方法)で脱穀しているのを見た日本人が、最新の稲扱器(脱穀機。せんばこき)の使用を勧めたところ、

「それを使うとモミがきれいに落ちてしまって、ウリの取り分がなくなるニダ」

という返事が返ってきたのだそうです。このことについて日本人は

「朝鮮農業が発展しないのは裏にこういう事情があるからだ、と誰が想像できよう?」

と書いています。


【日韓併合で発展した朝鮮の農業】
米の収穫


また朝鮮農奴は地主以外にも、地主が雇った舎音や秋収員らに搾取され、春になる前に食糧が底を尽き、春になっても作物のタネを買えませんでした。

しかし、タネを買わなければ地代を払えず、食べていくこともできないので、朝鮮農奴は白菜のタネ一合の代金を秋の収穫期にモミ五升で支払うといった不当取引も強いられていました。

この野菜のタネ不当取引は、日韓併合後、日本が「共同購入法」を講じて、朝鮮農奴の負担を軽減しました。


しかし、朝鮮旧来の小作法だった地主と農奴の仲介機関である舎音(農地と農奴を監視する者)、秋収員(地主の代理で小作料を徴収する者)の撤廃はむずかしかったようです。

朝鮮は大昔からワイロと中抜きが伝統の国なので、中間に立つ者の利益を失うような改革をやれば、どんな反発があるかわかりません。

タダでさえ朝鮮は大正時代末期から共産主義に染まって、「反日、反日」と叫んで、対日ヘイトやテロをやりまくっていたわけですから。

朝鮮の地主(多くは貴族階級)が舎音と秋収員を雇っていた理由は、地主が農地がある場所ではなく、京城(現ソウル)などで暮していたためです。

そこで、地主は劣化儒教の教えである「大人(たいじん:徳のある者)は働かず=労働しない人はえらい人」にもとづき、舎音や秋収員を雇いました。


【舎音、秋収員とは】

舎音…報酬を地主から受け取っていたが、収穫時季になると不正のハカリを使って収穫量をごまかして差分を着服したり、小作人(農奴)を使用人のごとくコキ使ったり、小作地を取り上げる権限まで持っていた。

小作地が広大な場合、舎音は別の舎音を雇う権限も持っていた。この別の舎音の報酬は、小作人(農奴)の負担とされた。

秋収員…収穫時季になると「舎音をねぎらう」という名目で、小作地まで出かけ、旅費や宿泊費などの費用を舎音に負担させた。そして舎音は、秋収員にふっかけられた費用を小作人(農奴)に転嫁した。




朝鮮の旧来の農業制度はこういったありさまだったので、農奴は土地に対する愛着がなく、作物を育てても自分の口に入るわけではないので、農業もずさんになっていきました。

なので干ばつや水害で小作地が被害を受けると、農村を捨て、一攫千金を夢見て日本に渡航して来たのです。

そして日本に渡航して来たら、失業している間は国や地方自治体が飯を食わせてくれ、金をくれ、着るものがなければ服をくれ、病気になれば病院や薬を手配してくれ、半島に帰る旅費まで負担してくれるという、まさに朝鮮農奴天国だったわけですね。


それを真実かどうかわかりませんが、朝日新聞は韓国記者の発言として

「韓国の大統領の位置づけは国家元首であり、日本における首相よりも大きな権力がある」

と書きました。つまり「倭奴はだまってろ!」ということです。


戦前は「朝鮮は恩ではなく威に服する国」といわれていたので、今後日本政府には全力で韓国を弾圧して欲しいと思います。

本記事の資料


脱穀機はいらないニダ


出典:1933(昭和8)年 南満洲鉄道株式会社経済調査会著 「朝鮮人労働者一般事情」 第二節 小作農民の生活状態



朝鮮人の小作農民が如何に困窮して居るかにつき文献の示す所を左に二、三摘録する。

(一)嘗(かつ)て勧業模範場に於て其の小作人に対し稲扱器の使用を奨励したるに彼等は之(これ)を悦(よろこ)ばず、却(かえ)って其(そ)の使用を嫌忌せり、其の理由とする所を繹(たず)ぬるに『稲扱器は脱穀完全なるが故に、残籾少なく小作人の福利を失うの損あり、蓋(けだ)し従来の打稲法によれば藁(わら)に残籾多く小作人はこの残籾を打ち落し以て自己の所得となすに因(よ)る』──朝鮮の小作法は多く打作法と称し収穫物を地主と小作人と分配す、本例の如きは籾を分配し、藁は小作人の収得となる場合なり──と従来の脱穀法の迂愚不完全にして、且(かつ)米質を損し不利益の甚だしきは鮮農と雖(いえど)も之(これ)を自認する所、然(しか)るに尚(な)お且(かつ)之(こ)れが改良を肯ぜざるもの、裏面に斯かる理由の存在する所に依るものならんとは何人も予想する能(あた)わざる所とす

(二)最近新聞紙の伝うる所に依れば『春窮期以来現金皆無に近い農村小作農民は、白菜、大根等蔬菜(そさい:青菜)種子の購入も出来ず、甚だしきは白菜種子一合の代金を秋の収穫期に籾五升で支払うと云(い)う状態であり』 郡としてはこれが切抜策として、同種子の共同購入法を講じて居ると云う。



朝鮮農奴を日本へと追い出した地主・舎音・秋収員と差別


出典:1927(昭和2)年 神戸市社会課編 「在神半島民族の現状」 ハ、郷里に於(お)ける職業調査



大正十三年十二月の朝鮮総督府の調査に依(よ)るならば、半島の朝鮮人は大(ママ)約一千七百六十二万人であった。今──之(こ)れを業態別に大別するならば農、林、牧畜業に従事して居(い)るものが約一千四百八十六万人で、全人口の殆(ほとん)ど大部分を占めて居る情(状)態である。

言い換えれば全半島民族の大部分はお百姓か、若(もし)くは之(これ)に類するものであるという事になるのである。 

(中略)

確(たしか)に朝鮮の産業的発展はすばらしいものがあった。然(しか)るにこうした産業的発展の気運にある且(かつ)、多幸なる未来を有する筈(はず)の半島の天地をあとに、どうして人口過剰に苦しむ内地へわざわざやって来るのか、先(ま)ず第一の疑問が此処(ここ)に起るのである。

此(こ)の疑問は朝鮮の小作制度の悪辣(あくらつ)極(きわま)りなき事実を知るならば、自ら其(そ)の一半を氷解する次第である。

由来朝鮮の小作人は小作料決定に就(つい)て二つの方法を持って居る。即ち定額法分益法の二つである。

定額法というのは一定の額を収穫し終った後、その収穫物又(また)は金銭を以て地主に支払う方法で──分益法とは地主立会(たちあい)の上、収穫物を脱穀し地主と等分する方法を言うのである。

こうした小作制度の下に、如何(いか)に朝鮮の小作人が不安と焦燥と戦慄の境涯を辿(たど)って居るか、第一の小作人の不安は小作期限のないことである。

第二に舎音(サオン)の存在である。第一の小作期限の確定しないということが、如何に小作人に不断の不利不安を与えつつあるか、それは全く我等(われら)の想像外である。

地主が変らない限り先祖代々引(ひき)続いて小作することが或(あるい)は出来るかも知れない──然(しか)し盗人のいつ来るか判(わか)らない不安が、絶えず小作人の胸に往来している。

地主はいつでも大上段に小作地を取りあげるぞ──といった威嚇を唯一の武器に、八相にふりかぶり小作人を攻めたてて居る。小作人は地主のこの真向(まっこう)からの威嚇に、肝をひやひやさせるばかりでなく、共同戦線を張って居る筈の他の小作人の背反や、側面攻撃に気を配らなければならないという忙しさである。

何となれば折角(せっかく)──骨折って痩(やせ)土を良田にしたかと思うと──鳶(とんび)に油揚(あぶらあげ)をさらわれるように、地主と結託した──いぢ(意地)の悪いこすい小作人が現れては、大切な土地を横取(よこどり)して仕舞う危険があるからである。

こんな状態に放任された小作人に、どうして心から土地を愛する執着を持ち得よう──畑にペンペン草が景気よく生えるのも道理 故に朝鮮では耕作地を一目見るなら小作地が自作地かが、些(いささか)の間違いなく識別されるというのも無理からぬ話ではある。

また地税其(その)他の公課が小作人の負担に転課されることや──極めて高率な、小作料などが、いやでも応でも小作人を貧乏の二文字に段々と圧縮して行く。

第二の小作人の不安は舎音の存在である。元来朝鮮には土着している地主が少い広大な土地を他人任せに悠々京城あたりに遊び暮している連中が中々(なかなか)多いのである。

於此処乎(ここにおいてか)──地主の代理機関が必要になって来るのは必然で、此(こ)の要求から生れ出でたのが舎音秋収員の制度である。

舎音は地主から一定の報酬を貰(もら)って地主の土地を管理し、又(また)秋収員は収穫時季に小作料の徴集を為(な)すものである。

舎音は小作人同様地主の意向一つで右にも左にも自由自在であるが、若(も)し小作地が余りに広すぎて一人で手におえない時は、舎音は更に舎音を依頼することが出来るのである。

こうなって来ると小作人は一人の舎音の重荷を負うばかりでなく、鬼千疋(おにせんびき)の小舅(こじゅうと)舎音にも只管(ひたすら)御機嫌を伺(うかが)わなければならないんだから、愈(いよいよ)以てたまらないわけではある。

舎音は小作人にとって全く暴君!で、冗談にでもにらまれたが運のつき、泣こうがわめこうが遠慮会釈なく、土地の取上げは固(もと)よりの事、公然と不正の衡(はか)りを用いて小作の数量を大胆にごまかされる。

舎音の私利私欲の為(ため)に目の廻(まわ)る程追い使われたり、勝手に小作料を引上げられてさやとりされて見たり、一つとしてろくな事はないのである。

全く秋霜烈日──腫物(はれもの)にさわる様(よう)なうす気味悪い代物ではある。こんな調子だから舎音になることを唯一の目的に、競争するものも中々多く、こうして益々(ますます)小作人を塗炭の苦に陥(おちい)らしめ、延(ひ)いては半島の農業を今日の委靡沈滞のドン底に牽引せしめた怖(おそ)るべき悪因であった。

自分の首の安全の為にあらゆる方法を講じて地主へ阿(おも)ねり──小作人の膏血(こうけつ:人のあぶらと血)を絞って(こうけつをしぼる:重税を課す)は、腹をふとらす事にのみ汲々として居る。この種の仲介機関の存在が如何に考えても朝鮮農村の将来に幸運を齎(もたら)し得るものとは信じ得ない。

朝鮮の農村は成程(なるほど)数字的には着大の進歩をしたらしい。然(しか)し伝統の力はまだまだ文化の光明を遮(さえぎ)り、人々をして心から歓喜せしめない感がある。それが悲しい──

秋収員とは、収穫時に地主に代って小作料徴収の為に舎音督励の用向きかたがた、小作地に派遣されて来るものであって、此の契約期間中は地主から一定の報酬を受取るは勿論(もちろん)、舎音に一切合切の費用を負担させるのである。

この舎音の負担が公課転課の理に従ってクルッと廻れ右して小作人の頭へいきなり、金──いくらなりとふりかかって来るわけである。

要之(ようするに)、舎音秋収員も其の人によろしきを得たならば、或(あるい)は農村に於ける仲介機関として相当の実績を挙げ得たかも知れない。

然(しか)し近代社会道徳の堅壘(けんるい:防衛または要害が堅固で攻め落としにくいとりで)が全く壊滅したかと迄(まで)疑われて居る朝鮮に、其の長所をくすりにも認め得ないことは社会実状に即した、妥当な結果であるかも知れない。

若(も)し此の如き桎梏(しこく:手かせ足かせ)に喘ぎ喘ぎ生きて行かなければならない──半島小作人の暗黒な生活を想像する時、我等は彼等が労働の為に──生活困難の為にと赤裸々に、渡航理由を告白しながらやって来るのが寧(むし)ろいぢらしいのである。

(中略)

広大豊穣な沃野を目の前に見ながらも安心して小作は出来ず──金融の不便なことは、非営利的な社会施設にすら年一割の高利を払わなければならないことを見ても推測出来るし、搗(かて)て加えて礼儀三千──威儀八百と社会階級のやかましい差別は愈(いよいよ)以て裸一貫の小作人を、半島から追い出す原因をつくりにつくる。

加之(しかのみならず)日本──内地といった憧れは彼等の最後的決意を寸刻の間に確定し──瞬く間に、内地へ矢の如く飛んで来るのである。



朝鮮人は威に服すれども、恩に服せし例はほとんどない


出典:1923(大正12)-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 [朝鮮総督府.]調査資料.第20集 「朝鮮人の思想と性格」 二 二三の朝鮮人性格観 (イ)朝鮮人の性格 



朝鮮は口で戦争する国である、夫(そ)れ故(ゆえ)に相手が与(くみ)し易しと見れば俄(にわ)かに強くなる、過去の鮮人は威に服すれども、恩に服せし例は殆(ほと)んどない。 



労働せぬ人がえらい人、朝鮮のワイロ文化、国の衰亡の原因は根本政策の誤り


出典:1912(大正元)年 日本経済新誌社 全国新聞東京聯合社編 「日本植民地要覧」 四 朝鮮人の性質及(および)風俗 



つまりいうと、朝鮮人古来の性質は、素朴で太古の民に近い自然の風のあったを、厭世の政治が破壊した。

富んだ者を見れば、無理に罪名を拵(こしら)えて其(その)財を官へ没収した、そうして官吏其(その)ものの所得にした。曾(かつ)て郡守なり、観察使なりを一代した者は、数代の間、尚(なお)拱手座食(きょうしゅざしょく:何もしないで食べていけること)の贅沢(ぜいたく)が出来たと迄(まで)伝えられて居る。

此(この)結果は、遂に民間に賄賂(わいろ)の風を助長し、事々物々悉(ことごと)く賄賂に依(よっ)て解決する如くなったばかりか、賄賂を公然取り得る官職を黄金で求むる以外、人生の大目的がなくなって、又(また)官職を得ない迄も、其等(それら)に伝手(つて)を求め、其等の爪牙となって私腹を肥やしつつ、労働せぬ人が豪(えら)い人、悧巧(りこう)な人と云う事になったから、玆(ここ)に国民の勤勉心が欠けて、偸安(とうあん:)の精神が次第に助長せられ、延(ひ)いて国の衰亡を招くようになったものの、其れも、之(これ)も、皆政治の根本政策を誤ったのが一つ、二つには、地勢上からいう国の位置が、強国と、強国間に介在し、何(いず)れへも伸びる事の出来ぬ結果として、国民が歴史的に萎縮した意味になる。




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