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2014/09/25

日本銀行券を排斥した大韓帝国


韓国に行く日本人観光客が激減して、韓国は大打撃だそうですね。

この日本人の態度を見た韓国ネットユーザーの『私たちも日本と一つの国だった時代があった。もう一度、一つの国になって円を使おう』という意見を見ました。

残念なことに韓国人は日露戦争前、露韓条約および借款を締結して日本を脅威しようとしました。

そして、ロシアに言われるまま日本が発行した銀行券に反抗し、日本人を「倭奴」という蔑称で呼んで排斥しました。

「日本人がいない朝鮮半島」は、あなた方のご先祖の夢だったのです。


【1903(明治36)年2月6日 鎮海湾から仁川に急行した帝国巡洋艦「筑紫」】
スケッチ版。1380排水トン。日清、日露の戦役で活躍した。
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写真版。
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そして日韓併合後、韓国人のご先祖は「日本帝国主義の経済侵略」に反抗、連合国と結託して朝鮮独立運動を起しました。


現在の日本人の態度は、今後変わることはありません。

韓国にはもうビタ一円、くれてやるつもりはねーよ!擦り寄ってくるな!!

ということです。

韓国「円高だから日本人が韓国旅行に来なくなったニダッ!きっとそうニダッ!」


韓国の繁華街から日本人が消えた!韓国ネット「嫌韓ブームのせい」「時代は変わった」
2014年9月24日 レコードチャイナ 

2014年9月22日、韓国メディアによると、ソウルの繁華街・明洞はまさに「中国人観光客のショッピング天国」となっている。

ソウルの中心地にもかかわらず、韓国語より中国語の方が多く聞こえる。呼び込みの店舗スタッフも食品を売る屋台も中国語一色となっており、中国人観光客も当然のように中国語で買い物を楽しんでいる。一方、2~3年前まで多く見られた日本人観光客は、その姿を見つけるのも難しい状況だ。

このような現状に、韓国のネットユーザーから多くの意見が寄せられている。以下はその一部。

「ウォンは円に対しては高いけど、人民元に対しても高いのか?」

「日本のテレビで、最近は(円高で)海外旅行に行くのはしんどいと言っていた。日本人が少ないのも仕方ないんじゃないか?」

「十数年前は中国人客に『中国語は分からないから出て行け』とタメ口でしゃべっていた店主が、今はものすごく丁寧に接している態度を見ると、世の中変わったんだなと思う」

「私たちも日本と一つの国だった時代があった。もう一度、一つの国になって円を使おう」

「韓国は中国の一部。外国ではない」

「観光客が減ったのは円安だけが原因だろうか?十年前の韓流ブームの熱気が冷めて、今度は嫌韓ブームが起きている。これも韓国を訪れる観光客が減った理由と考えることはできないだろうか?」

「明洞は日本の領土でもないし、日本人がいなくなった代わりに、中国人が物を買ってくれるから、いいんじゃないの?」

「100円が950~960ウォンになって、日本の物価とほぼ同じになっているのに、それでも明洞に行くか?」

「今ヨーロッパでも、観光地に中国人が増えてきている」

「明洞、東大門の市場に隣接した伝統的な文化財と連携して観光戦略を組んで、継続的に観光客を誘致をしないと駄目だ。資源がない国なんだから」(翻訳・編集/まるみ)

ソース元URL:http://www.recordchina.co.jp/a94617.html


日本憎けりゃ日本銀行券も憎い



戦前、日本国最大の危機は「元寇と日露戦争」と言われていました。そして、その日本国最大の危機の原因になったのは、どちらの場合も朝鮮半島でした。

日清戦争後、日本は朝鮮を独立させました。そして朝鮮は大韓帝国と国名を変え、独立国として歩みだしたのですが、戦後4年目にして清国と「韓清通商条約」を締結し、朝鮮半島にふたたび大量の中国人を流入させました。

そしてその次に大韓帝国は、ロシアを自国内に誘引して日本を脅威しようとしました。ロシアはロシアで、大韓帝国宮廷内に侵入し、露韓条約締結や大韓帝国への借款を画策していました。

借款というのは、満洲を強奪しようとしたアメリカもそうですが(四国借款、六国借款)、権益を奪いたい国に干渉するための手法として、よく使われていました。

ロシアは韓国へ使節を派遣する際にも、駐韓公使経験者を送るという念の入れようで、韓国の両班(貴族)らは派遣されてきたロシア人の周りに盛んに集まったといいます。

日本がロシアを警戒したのは言うまでもありません。


【韓国皇帝「高宗」】
日露戦争中、ロシア皇帝に「皇太子ご誕生おめでとう」メッセージを贈っていた。終戦後バレて、伊藤統監激おこ。kousou_kantei.jpg


一方、この借款の韓国側責任者は内蔵院卿兼度支大臣署理という役職だった李容翊という人物でした。

1899(明治32)年、李容翊は政争に負けて職を解かれてしまいます。すると李容翊はロシア公使館に逃亡したのち、ロシア軍艦コリエツに便乗して旅順口に行ってしまいました。

その当時、日本は日韓通商条約にもとづき、大韓帝国内に第一銀行韓国支店を展開して、一覧払手形を発行していました。

一円券、五円券を発行したところ好評だったので、十円券を発行するほどになりました。

ところが、1903(明治36)年、李容翊が旅順口から帰ってきて、日本の手形発行を非難し始めました。

「日本の第一銀行券は一片の紙きれにすぎず、韓国内だけでしか通用しないものだ。こんな価値のないものを一円、五円、十円として通用させる、これは韓国の財界を動乱させ、物価を高騰させるためのものだ!!」

日本にしてみれば、

(-_-メ)ちょっと待って下さいよ?アンタのとこ、経済破綻してるんでしょーが???

という話なのですが、物事の表面しか見ず、日本人を蔑視している朝鮮人に真実がわかるはずもありません。

韓国内ではロシアにそそのかされた李容翊に同調する者多く、翌二月には韓国政府内部大臣が「銀行券禁止の訓令」を発し、日本が発行する銀行券を一切使用するなという檄文を鐘路に掲げて一般人民を煽動しました。

それのみでなく、韓国政府は各港の役人に「日本が発行する銀行券、手形使用禁止」を通達しました。

朝鮮人は日本の銀行券、手形を排斥するだけでなく、在鮮日本人も排斥し、第一銀行は銀行券引換えに忙殺されました。

「政界何となく活気を帯びぬ」。日本と大韓帝国は一触即発の事態となったのでしょう。それで2月8日、巡洋艦「筑紫」は仁川から済物浦に急行しています。

そしてこの翌年、日本とロシアは戦争をすることになったのです。

日本の不幸は朝鮮半島からやってくる


鮮人が日本を嫌うのは、日韓併合が原因ではありません。

朝鮮人は生まれながらにして日本を憎み、さげすむのです。

朝鮮人は中国属国のままでいたかった、日清戦争で独立したあとはロシアの属領になりたかった、朝鮮独立運動中は共産運動に狂奔してソ連の属領になりたかった、そして第二次世界大戦後はアメリカ指導で独立しようと計画していた。

朝鮮人のこういった願いを、ことごとくジャマしたのが日本なのです。

今後、中国やロシアが朝鮮半島に侵攻することがあっても、日本は絶対に手を貸したり、援助してはいけません。

次回の朝鮮半島動乱では日本は何もしないことです。韓国の永年の願いをちゃんとかなえてあげなくてはなりません。

経済破綻した大韓帝国は"倭奴"日本に借金肩代わりをしてもらうのではなく、ロシアの借款を受け入れてキッチリ支払いをしていきたかったのにちがいありません。


しかし、朝鮮半島民は

日本も日本の銀行券も大嫌いなのに、なんで日本で商売したり、出稼ぎに来るんでしょうね?


【資料出典】
1905(明治38)年 博文館 幣原坦著 「日露間之韓国」 第一巻 第一章 露国の満洲撤兵第一期日より第二期日迄韓国に於ける日露の関係=露国の日本牽制時代= 


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