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2014/09/02

通名と共産匪賊@中華民国一覧


「匪賊(ひぞく)」とは大陸で暗躍した盗人集団のことをいいます。

匪賊には二種類あって、思想なき盗人集団を「土匪(どひ)」、一方、共産主義思想に染まって日本軍や日本人、親日鮮人に対し強奪、掠奪、拉致、身代金要求、虐殺などを行っていたものを「共匪(共産匪賊)」といいました。

朝鮮人だけで構成された匪賊は「鮮匪」と呼ばれ、共匪に属します。その構成員は日韓併合に反発して満洲に逃亡した者、日韓併合後に犯罪を犯して満洲に逃亡した者、鮮匪に拉致された在満・在鮮朝鮮人らでした。

鮮匪が共産主義思想に染まったのは、1919(大正8)年末、ウラジオストックにロシヤ共産党極東部委員会が組織され、ソ連に赤化されたためです。

「韓国が反日になったのは日本の残虐なる植民地支配のせい」というのは、共産主義的歴史観(自虐史観)=ソ連製対日ヘイトスピーチにもとづいたデマでしかありません。


【デマを根拠に日本人を弾圧する東京都知事】
masuzoe00001.jpg

陥落前の南京にはびこっていた通名持ちの不逞鮮人集団


1937(昭和12)年の支那事変勃発後、満洲の鮮匪(共匪)は中華民国に移動し、中国国民党、中国共産党、連合国に多額の資金供給を受け、日本軍の機密を盗みだす、中国や満洲の親日要人の暗殺、日本人要人や日本人に対するテロなどの犯罪を犯しました。

通名は日本官憲に逮捕された時に、本名や犯罪事実を隠匿するために必要だったのです。朝日新聞が在日外国人の犯罪を通名報道する一因はこのためです。


【通名で犯罪前歴を偽る】
通名を以て知られて居る者が多い為、本報告書に於ては其の主なる者に付(つき)出来るだけ括弧(かっこ)内に通名を表示した。然(しか)し固(もと)より不十分であるのみならず本名を明(あきらか)にし得なかった者も少なくない。
reigen_02.jpg


彼等は一旦検挙さるるや或(あるい)は年齢学歴犯罪前歴を偽って意識の低きを装い、或は本名犯罪事実を隠秘し、或は偽装(思想)転向に依り官憲を欺く等。
soron2-2.jpg【出典】1973(昭和48)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「朝鮮人の共産主義運動」所収 昭和15年1月 司法省刑事局 「思想研究資料」特集第七十一号 


当時、共産主義思想に染まっていた大陸で日本人名を通名にするのは「死」を意味しますから、多くの鮮匪は朝鮮名を通名にしています。

鮮匪(共匪)は「軍」や「党」を自称していますが、当時の朝鮮は国家ではなかったので、正式な「軍」や「党」ではありません。ただの「不逞鮮人団体」です。

民族主義派の英雄とされている「金九」は通名で、本名は「金亀」です。韓国では金九を民族主義派の英雄としているようですが、金九も共産党と連繋していたので、純粋な民族主義者ではありません。


【金九 別名白凡 本名金亀】
kinku.jpg


朝鮮人は思想も民族主義、共産主義まじぇまじぇだったのです。なので朝鮮共産党はコミンテルンにつぶされました。

しかし、「金九」と通名で歴史を教える韓国はスゴイ国ですね。 名前などどうでもいいってことでしょうね。

共産匪賊(鮮匪)@中華民国一覧


第五号 要手配不逞鮮人名簿(昭和12年12月現在 在上海日本総領事館警察部第二課調

(備考)
支那事変勃発後、皇軍の上海、南京占領により彼等は奥地に逃避したるか、本名簿は事変前の所在を記載す(佐藤)
 
※管理人注:「別名」欄が「通名」。数名が複数の団体に記名されていますが、以下団体の所属人数合計は286名です。

●民族革命党 (25名) ※-:不明 
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備      考
金元鳳
 四〇
若 山
陳国斌
陳 沖
慶南密陽郡密陽面
内一同
南京五台山荳菜橋
五号
元義烈団長
民族革命党
書記局長
中央執行委員
民族の革命党事実上の支配者にして
現在南京省中央にありて凡ゆる支満
抗日の采配を振いつつあり
権重煥
 四三
権 畯慶北尚州郡咸昌面尺洞
里一六八
江西省南昌郵電検査所
元義烈団第一期
訓練班
教官
昭和八年一月頃金元鳳と意見分立
義烈団を脱し漢口に赴き目下中国
軍人となり居れり
金餅泰
 三九
金 斌
金 彬
慶南釜山府佐川町五八一
南京
五台山荳菜橋五号
民族革命党
(金元鳳秘書)
本名は中国語を良くし現在南京民革
党中央にありて金元鳳より中国官憲
に送付すべき文書の執筆を受け持ち
居れり
 四五
李集中
李執中
全羅北道金州郡
南京毛家苑七号ノ二
民族革命党
中央検査委員
民革中央検査委員並特務部員にして
南京某所に居住中なり
金枓奉
 四九
帛 連
百 淵
白 淵
京城府崇四洞八九
南京猫魚一十九号
民族革命党
中央執行委員
昭和十二年二月組織部長を辞し目下
南京某所にありて静養中
李復元
 五八位
李相之
李末熟
京城
南京東関頭一四号
民族革命党
金容宰
 四〇
金 鐘
金 宗
全南潭陽郡陽面客舎里
一三五
南京猫魚市二一民革事所
民族革命党
中央党員
(幹部級)
本名は非役員にして昭和十一年一月
就職の目的を以て四川省に赴きたる
儘消息なし
申 岳
 四二位
申瀬湖京城府
南京右同
民族革命党
書記部財務課長
南京にありて活躍中のものなり
金龍基
 三七
金 文
金 武
江原道麟蹄郡内面栗田里
三三六
四川省成都
民族革命党
中央党員
昭和十年夏四川省に赴き漢方医院を
経営中なりと云う
尹世冑
 三七
石 井
石 正
小 龍
慶南密陽郡府北甘川里
五九
南京猫魚市一九
民族革命党
中央執行委員
金元鳳の参謀格にして南京党中央に
ありて重きをなし居れり
金世一一期生の部参照
金奎植
 五二
余一民
仲 文
京城府御成街四一
四川省浅都旧皇城四川
大学内
民族革命党
中央党員
昭和十年夏四川大学教授として成都
に赴きたるも直接党務に携わり居らず
李範奛
 三三
李春岩
潘海亮
黄海道鳳山郡含人面大竟
里五七五
南京頭条巷憲兵司令部
民族革命党
中央執行委員
南京憲兵指令付上尉にして全部警務
所及郵電検査所に勤務し日本文信書
刊行物の検査に当れり
千炳林
 四二
韓一来
韓韋松
千炳一
忠清南道扶餘郡扶餘面佳
増里二五七
南京中山門内新華農場付
近一二号
民族革命党
華南支部縮責任
昭和十一年西安に赴きたる儘帰来せず
病院経営中との情報あり
尹琦変
 五一
蜿 雲京畿道長湍郡長道面沙是
里一、一五七
民族革命党
中央執行委員
南京革命党中央部に於て活動中なり
崔錫淳
 四五
崔又江
崔友江
崔錫俊
平北朔州郡朔州面大垈洞
南京
民族革命党
組織部長
組織部長として党中央にありて活躍中
申翼熙
 四四
王海公
申邦午
京畿道高陽郡草月面西霞
里六七
江北、高郵県
民族革命党
中央執行委員
林得山
 四二
林亨一
陳豊善
林一山
林如松
平北、宣川郡清面大陸洞
南京太平路
民族革命党員南京に居住万年筆行商を営み民族革命
党のため資金援助をなし居れり
廉温東
 四〇
秋 汀江原道金化郡邑内四八五
洛陽航空局事務所
民族革命党
洛陽区責任
昭和十年三月洛陽に赴き航空局技手と
して月給六十円を得つつあり
金康叙
 五二
金志剛平南平壌府新陽里一四〇
南京太平橋一六
民族革命党
中央検査委員
南京にありて活躍中
成周福
 四七
成周寔
成駿泳
忠南牙山郡温陽面左部里
南京花露崗妙悟律院
民族革命党
中央執行委員
特務隊長
右同
劉振東
 二九
劉正宇平安南道江西郡咸従面安
岩里
江西省慮山
民族革命党員昭和十二年二月二十八日江西省慮山に
赴き病院経営中の由
劉光雲
 三八
劉一平平安南道平壌府将別里
八〇番地
上海老神父路
民族革命党員上海に於て果物商を営み居れり
田相国
 三〇
李相国黄海道信川郡斗羅面清渓
里五八三
南昌
民族革命党員
李英駿
 -
王現之平北碧潼郡松西面四西洞
六三
南京猫魚市一九号
民族革命党
中央執行委員
南京民革党中央にありて活躍中


●朝鮮革命党(民族革命党脱退派) (7名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
池大亨
 五〇
李青天
池亀基
京畿道内資町一八二
南京 東関頭一四
朝鮮革命党  
首 領
昭和十七年七月民革結党後
旧義烈団派と事毎に反目を重ね
来りたるが本年二月に民革を脱し
朝鮮革命党を組織南京にありて尚
民革闘争を続け居れり
柳東説
 六〇
柳東悦
柳東烈
青郊
青松
平北博川郡博川面南部洞
四川省重慶(目下南京滞在
中)
右幹部右同
梁基鐸
 六八
雲岡、干岡
知卓、蘇華
平南江西郡双童面西慶里
一四二番地
蘇州 
右同右同
崔東旿
 四五
崔義山
崔学源
平北義州郡月華面麻龍洞
南京
右同右同
姜華祖
 三〇
姜昌済平北昌城郡昌城面坪路洞
南京鳴羊街胡家花園
右同右同
李雲炳
 三〇
李雲山平北義州郡右同右同
李光済
  -
辛公済平北定州郡
南京
右同右同


●義烈団幹部訓練班第一期卒業生 (19名)
住所及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
 -
 二六、七
金世一
金世日
平北龍川郡
南京
民革党員義烈団
係訓班第一期卒
業同第二期教官
昭和十一年四月頃楊民山当と共に江西
省星子藍衣社高等訓練所に入り同十二
年二月帰来同三月上旬広東に派遣せら
れたり
崔章学
 三〇位
陳嘉明慶南東萊邑枚洞
広東軍官学校在
学中
民革党員
義烈団派
訓班第一期卒業
民革広東支部員
昭和十年夏広東に赴き軍官学校在校を
終え目下中山大学法学部に在校中
金大陸
 二二
楊民山
楊振崑
慶北善山郡高牙面
元湖洞二、一番地
南京猫魚市一九
右同民革党員にして華語に精通、金元鳳の
信任厚く曩に在杭州秘密藍衣社幹部
養成所に入り六ヶ月の訓練を受け昭和
十一年二月更に金世一と共に右同某所
高等養成部に入り同十二年二月南京に
帰来金元鳳秘書として勤務中なり
 -
 二四
劉福山平北龍川郡
満洲
右同昭和八年四、五月頃入満新京に於て第
二期生関健を募集南京に送って以来消
行き不明のものなり
朴俊彬
 二四位
韓削平平北
北平(注:北京)
右同昭和八年四月高豁信学と共産主義を主
張す
義烈団を脱し北平に赴き帰順して某方面
の医者となり働き居れり
慮喆龍
 八九
崔成章忠南洪城郡洪州面
五官里二九五番地
南京花露嵌妙悟律院
右同慮三龍の実弟、昭和八年末抗日破抷親
日分子暗殺其の他の使命を帯び華北方
面に赴き同九年夏帰寧南京にあり民革
特務隊員なり
 -
 二八
李 遠干北定州郡右同入鮮?
 -
 二一
張主正平安南道平壌府
北平
右同韓削平の項に同じ
李昌河
 二五
李明元
陳友一
陳唯一
平北定州郡臨海面
東路洞六八九
又は六二三
民革党員
義烈団長
訓班第一期卒業
同 第二期教官
昭和十年夏金元鳳と意見の衝突を来し
腹心の部下を引連れ同十一年一月華北
方面に去りたる以来消息なし
鄭日明
 -
鄭八仙
黄毓秀
高信葉
黄育秀
江原道揚口郡水八面
文登里五七八
南京猫魚市二一
右同南京民族革命党内にありて将務隊員え
訓練を施しつつあり
鄭裕澤
 三七
鄭豊穆慶北大邱府鳳山町五〇
杭州警官学校内
第二期柔道教官
(第一期に入校
せず)
民革普通党員
昭和九年夏ごろ杭州に赴き同地警官
学校写真術柔道の教官に奉職中
 -
 二四位
黄 薰京城府東大門外
入鮮?
右同右同
李圭烈
 二六 
李文華
李文化
平北定州郡臨海面
元下洞二八〇番地
入鮮?
元義烈団員特務工作のため入鮮後消息不明のもの
金想憲
 二五
張 麟平北定州郡郭山面
●揮洞(●舟)
本籍地
何派にも属せず関節炎のため昭和九年冬帰鮮
精神に異状を来し自殺を企てたること
あり
金栄済
 二九
金永済
許金山
平北定州郡郭山面
鹽湖洞八一九
南京
民族革命党
南京区党員
南京に於て特務隊員として活躍中
洛陽軍校卒業生
池一渚に該当す
洪順官
 二四
姜振世
姜震世
平北定州邑城内洞
二四八
広東中山大学内
民革部員昭和十二年二月広東より南京に帰来
待機中
洛陽軍校卒業生崔鉉淳に該当す
李昌萬
 二八
韓得志平北臨裏面東路洞
六二三
華北又は満洲
右同昭和十一年一月李昌河と共に華北に
赴きたるが同十一月頃南京に帰来後
党南京花露崖に於て待機中
 尹世冑
 -
石 正
石 井
幹部の部参照
李賢寿
 四二
荘一峰
李斗山
李三光
李一浄
李宇峯
慶北達城郡花園面
柳谷洞
広東
民族革命党
広東支部員
広東にて活躍中

※●は文に見。

●義烈団幹部学校第二期卒業生(24名)
氏名年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
 二二
王作霖平北碧潼郡松西面
四西洞
南京
元民革南京区党
部員
義烈団派
昭和十一年八月頃肺患の為死亡
何奉禹
何振東
何東禹
平北碧潼郡松西面
四西洞
南京五台山荒菜橋五
右同金元鳳と同居し居たるが昭和十二年
三月南京無電学校に入学
 二七位
金天福咸南咸興
入鮮?
元義烈団員工作の為入鮮後消息不明のもの
 二六
陳明山平北碧潼郡
右同昭和九年冬何れにか出発し消息不明
洛陽分校卒陳明道に該当す
 二七位
李明善全羅道又は忠清道
南京花露崗妙悟律院
民革南京区
党部党医
南京にありて党員の施料に当り居れり
洛陽軍校卒業生文鐘三に該当す
 二八位
干自疆
干自強
全羅道
南京 右同
民革南京区
党員
南京にありて区党部及中央党部の連絡
に当り居れり
洛陽分校卒業生曹秉錫に該当す
李元大
 二六位
公文徳
孔文徳
慶尚北道華北面
梧山洞
一三九
南京中華路教敷巷一六
南京健康路邦局
曹士龍方
右同南京に於て特務工作中洛陽卒業生
馬徳山に該当す
 二四位
全起正慶尚道
無錫
右同本円一月無錫某製糸工場に就職中
なり殺害されたとの情報あり
 三〇
張平山平安北道新義州
南京
右同昭和十二年三月南京無電学校に入学
目下在学中
 二二位
黄 民
胡 英
忠清道
南京花露崗妙悟律院
右同花露崗にありて待機中洛陽分校卒業生
胡英に該当す
 二五位
文明哲
韓 光
忠清道又は慶南
右同
民革
中央執行委員
右同
昭和十二年三月南京無電学校に入学
勉学中なり黄民の実兄にして洛陽分校
卒韓光に該当す
 二四位
黄永周
呉 鈞
京畿道
右同
民革
中央執行委員
杭州藍衣社幹部秘密訓練所を終え
党中央にありて党務に従事中洛陽卒業
呉鈞に該当す
 二七位
潘致中平安北道
蕪湖郵電検査所
民革南京区
党員
南京某所にあり肺患を病み休養中なりし
が快癒し十二年八月蕪湖郵電検査所に
勤務中
 二五位
劉大振全羅南道右同南京にて党務に携わる他音楽の研究を
なし居たるが最近南京電話局に就職
目下勤務中
李正淳
 二〇
王賢淳
韓大成
平安北道碧潼郡
松西洞六三番地
南京
右同昭和十年八月広東に赴き中山大学在学
中第三期生韓大成に該当す
 二五位
王守義平安北道 山郡
南京中央軍官学校内
民族革命党
中央軍官学校
特別区党員
民革軍校特別党員南京中央軍官学校
在学中
千暻伊
 二〇
曹 晃
王揖王
忠清道扶余軍扶余面
佳増里二五一
右同
右同右同
(軍校十一期生本名の部参照)
 二〇位
陳義山忠清南道
右同
右同右同
崔英錫
 二六
劉 敵
劉 敏
全羅北道全州府老松町
四九四
広東中山大学石碑文学
院内
民革広東支部員中山大学石碑文学員に在学中
 二四位
胡 健全羅北道
南京花露崗妙悟律院
民革南京区党員昭和十二年三月南京無電学校に入学
目下在学中
 二四位
王 傑忠清道
満洲又は北支
民革党員満洲又は北支に赴き工作中なり
李相動
大正五年
二月五日生
 (二二)
李忠剛黄海道鳳山郡舎人面
小梧洞五七四
南京中央軍官学校内
民革軍官学校
特別党員
南京中央軍官学校在学中
(李春岩甥)
 二六位
畢勇季
畢英季
京畿道水原軍水原邑
民革党員満洲又は北支に潜入工作中
周世敏不詳?
南京
右同昭和十一年三月楊振日此金世一と共に
江西省藍衣社秘密幹部訓練所に入所
昭和十二年二月同地軍校中
金亀泳
 二七
金鉄城
金海哲
黄海道信川郡
弓与三泉里五二六
南京中央軍官学校内
民革軍官学校
特別区党員
南京中央軍官学校在学中なり


●義烈団幹部学校第三期卒業生 (32名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
 二三
干明徳(平安北道訛り)民革と表面関係なきも
連絡あるも計り難し
募集地満洲
昨年十一月満洲方面に赴く
(共産主義を主張して納れられず)
或は華北方面に徘徊中なるやも難計
 二六
文友一右同右同
 二四
陳学東右同募集地間島
右同
 二三
楊 青慶尚道右同右同
 二九
陳敬光右同右同
 二四
鄭国賢右同右同
 二四
黄 振右同右同
 二〇
陳宗漢右同募集地間島
右同
 二〇
張木夏右同右同
韓錫奎
 二三
武 虎咸南咸興郡永高面
新豊里
右同右動揺理由にて客年(昨年)十二月
十八脱退華街に潜伏中一月二十日
中国船にて北平に向へり
 二六
林相秀全羅道
南京花露崗妙悟律院
民革南京区党員南京に在りて特務部の工作中なり
 二五
王 邇咸鏡北道
南京
右同楊民山等と共に江西省星子藍衣社
高等訓練所に入り本年二月南京に
帰来特務隊員となり工作中
 二〇
韓大成南京右同第二期卒業生李正淳に該当す
同項参照
宋銀山
 二五
余省三京畿道城州郡条里面
竹院里七四六
右同南京に在り特務隊員として活動中
 二〇
王明瀞北平右同北平生れにして客年十一月頃北平
に帰住後消息不明
 二二
張奉山咸鏡北道
南京
民族革命党
特務隊員
南京にありて活躍中
 二三
戴天徳平北碧潼郡松面洞
六三
南京
右同昭和十一年七月広東に赴き同地
中山大学に在学中、韓大成こと
(李正淳実兄)
林仁俊
 二九
陳元仲平北竟河面竟岩里
上海
民革
南京区党員
客年十一月脱退せるも間もなく復党
目下南京花露にて待機中なり
 二八
馬春植京畿道京城府授恩洞
南京花露妙悟律院
右同昭和十一年春脱党滬交通大学教授
中国方に寄食中の処本年二月復党
上海区党員として活躍中
 二八
翏天澤江原道
北平
右同昭和十一年十二月脱党来滬華街を
転々中本年一月二十日武虎と共に
中国船にて北平に向いたるが其後
南京に帰来復党客年十月頃漢口無
電検査所に入れるものの如し
 三五
石成才慶尚道
南京花露崗妙悟律院
民革南京区
責任
昭和十二年二月南京区主任となり
南京に在りて活躍中
李聖根
 二一
趙小郷京城府綿区九四号地
南京花露崗妙悟律院
民革
南京区党員
花露崗にて待機中
 二五
李二狄江原道
北平
民革
特務部員
昭和十一年一月工作のため北平方
面に潜入工作中なり
 二五
胡維伯慶尚南道
南京花露崗妙悟律院
右同南京に在りて特務工作に従事中なり
東京に留学せしことあり
 二三
王之玉咸鏡北道
右同
右同昭和十一年四月江西省星子に赴き
藍衣社高等訓練所に入り本年二月
帰来同三月南京無電学校に入学
在学中
 一九
陳国華平安道
右同
右同昭和十二年三月南京無電学校に
入学目下在学中
李奎七 
 二二
韓成国平北宣川郡宣川邑
上海
右同工作のため客年二月一日頃来滬
転向自首勧告中
張道成 
 二一
徐 覚平北宣川郡合山面
円峯洞
張盆洙長男
南京花露崗妙悟律院
右同昭和十一年四月江西省星子藍衣
社高等訓練所に入り本年二月
南京に帰来特工作に従事中なり
 二一
朱雲龍平北新義州
府南京右同
右同南京にありて特務隊員として活躍中
 二一
宇秉旭
平南平壌府
南京
右同右同
金英吉
 二四
李鴻斌平北新義州府若竹街
二〇
南京花露崗妙悟律院
右同昭和十一年十一月上海に派遣
昭和十二年四月上海特区責任と
なり
慎海龍
 二四
張元福右同右同南京に在りて特務隊員として工作中
洛陽卒慎海龍に該当す


●南京陸軍中央軍官学校洛陽分校卒業生(40名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
池達洙
 二九
李慶玉京畿道京城府内資洞
一二八
南京東関頭一四号
民族革命党
軍事部員
李青天の長男昨春内蒙古へ工作に
赴きたり
李英浩
 三〇
李英植
杭州又は天津
右同満洲より帰来南京に待機中
 三一
王徳山右同昨春満洲へ工作に赴けり間島、吉林
方面に立ち廻る可能性あり
 三四
金奉山
南京東関頭一四号
民族革命党
南京区党員
元南京待機中のもの
金基大
 二二
洪宗三
満洲
民族革命党
軍事部員
昨春満洲に工作のため潜入せり
 二一
李義明京城府
満洲?
韓国国民党員
(金九派)
李妻栄の甥に該り昨年一月中旬
何れにか赴きたるまま消息なし
或は杭州?
公震遠
 三〇
高雲起
公興国
咸南文川郡
包頭
民族革命党
軍事部員
昭和十二年二月綏遠に工作の為め
派遣せられたり
張栄洙
 二四
張恩忠京城府鐘路六丁目
二七九
上海
民族革命党
軍事部員
昨年三月来滬法界を転々中
自由転向勧告中
 三〇
沈明哲
南京妙悟律院
右同南京花露崗妙悟律院に待機中
 三〇
李春山
満洲?
右同昨春入満せりとの説あり
 二九
黄相始洛陽分校卒業後南京より逃走せり
一説には暗殺されたりとも云わる
 二二
張重鎮
南京花露崗妙悟律院
民族革命党
軍事部員
南京に待機中
 二〇
金有信鄭州
民族革命党洛陽分校卒業後鄭州に赴き同地
鉄路局に就職勤務中なり
 二八
宋海山
南京
民族革命党
南京区党員
南京にて活躍中なり尚本名は李青天
の二女と縁談進行中なり
●庚賢
 二七
宇 永
程萬里
忠清北道槐山郡七星
面洲隠里四番地
南京?
民族革命党
軍事部員
南京ニテ待機中
入満せりとの情報もあり
李明山
 二三
李萬英
南京花露崗妙悟律院
民族革命党
軍事部員
右同
 四〇
趙雲山民族革命党
南京区党員
党中央軍事部員
昨年二月包頭の自宅に赴きたり
 二七
沈光植
南京東関頭一四号
右同李青天の長女の夫にして南京に在り
活動中なり
 二三
慎海龍第三期生張元徳に該当す
同項参照
 二四
韓 光第二期生文明に該当す
同項参照
 二七
池一清第二期生許金山に該当す
同項参照
 二七
袁震波第二期生楊輝に該当す
同項参照
 二四
金雲学第二期周世敏に該る
同項参照
 二五
崔鉉淳第二期姜振世こと洪順官に該当す
同項参照
 二八
李雲南第二期韓得志こと李昌萬に該る
同項参照
 二七
文鐘三第二期卒業李明善に該る
同項参照
李元大
 二七
孔文徳
馬徳山
慶尚北道氷川群華北
面梧山洞一三九
南京中華路教敖巷
一六号
第二期卒業生孔文徳に該る
同項参照
 二八
曹秉錫第二期卒業生で自強に該当す
同項参照
趙時済
 二二
潘誠武京畿道連川群南面苗
生芳里趙素昴二男
杭州
金九滬韓国国民
党員
杭州の実父の許に居住し居れり
 三四
李東初
南京花露崗妙悟律院
民族革命党
南京区党員
本名は精神に異状を来し目下
南京に於て静養中
金玄洙
 二七
朱新華忠南輪山郡夫赤面、
阿湖里一六七
上海
無政府主義
南華韓人連盟員
昭和十一年二月来滬南華韓人連盟
に加盟運動中なり
李興官
 二九
馬超軍江原道
広東中山大学
金九派
韓国国民党員
広東中山大学在学金九派の連絡に
当り居れり
 二八
李甫順
南京
民族革命党
秘密党員
金九派を脱し南京永安旅館にありたる
が更に民革に投じ昨春入満せりとの
情報あり
廉大達
 二八
廉 昊
廉信培
江原道金化郡金化面
邑内里八三
上海
金九派
韓国国民党員
昨年五月来滬中にして転向勧告中なり
 二四
金永新
南京
右同南京に在りて活躍中なり
 二三
沈于天
南京
右同昭和十年五月学生募集の使命を帯び
入満
鄭煕東
 二六
京畿道仁川府
上海法界
金九派に属し
居たるもの
上海法界居住中にして自首転向勧告中
韓錫官
 二九
韓聖島平北義州郡古城面
新島洞三五七
広東
韓国独立党
再建派
広東軍官学校在学中
朴孝敬
 二七
横山五郎
孫 逸
平北義州郡威化面
下端洞一二六
広東
右同右同
康秉学
 二二
丸山鶴吉
張重光
平南平壌府鏡斎里四七
広東
右同右同

※●は威の女が丁。

●韓国独立党再建派 (14名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
盧鐘均
 四五
楊東五
金東宇
白雲瑞
黄海道安岳郡安岳面
板八里四七二
南京又は杭州
猛血団首領
韓国独立党再建
元金九派義警隊
丙寅義勇隊幹部
朴昌世等と共に杭州南京、上海等
を往来再建運動に奔走しつつあり
朴昌世
 五四
恒 山
孫乃樸
平北寧辺郡古城面
亀頭里
南京
韓国独立党
再建派
元義警隊長
丙寅義勇隊長
右同
尚最近李青天一派と行動を共にし
つつありとの情報あり
朴華山
 二九
平北義州郡古城面
烟上洞一七八
広東中山大学
韓国独立党
再建派
広東中山大学在学中
趙鏞段
 五一
趙素昴
趙蘇昴
潘英秀
京畿道漣川郡南面
苗生芳里
杭州
右同
仮政府議政院
常任委員
杭州に潜伏再建運動に奔走中
文凞錫
 四四
文 剛
文逸民
文賢哲
平南江西郡東洋面
南京門西倉
右同昭和九年杭州に赴き同地に潜伏
再建運動中の処広東に赴くべく準
備中との情報あり
洪晃憙
 六一
又 鳳
洪 震
洪葛湖
鳳 根
忠北、忠州郡加徳面
杭州
右同趙素昴方に同居再建運動中
李徳生
 三七
李相一
李一普
慶北、大邱府南山町
一五六
杭州平海路
右同目下肺患
朴敬淳
 四二
樸敬淳
杭州
右同独立党事務所に起居再建運動中
李昌基
 二四
李世昌
杭州
右同右同
金孝源
 四五
金思潗
杭州
右同右同
韓錫官
韓聖島
広東
右同洛陽軍校卒業生
名簿参照
朴孝敬
孫 逸
広東
右同右同
康秉学
張重光
広東
右同右同
申松湜
 二五
宋洋浩
申三澤
平南安州郡立石面
南端里一六九
広東
右同広東軍官学校在学中


●韓国国民党(金九派) (18名)
使命及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
金 亀
 六二
金 九
白 凡
黄海道安岳郡安岳面
板八里八一番地
漢口?
韓国国民党首領
(理事長)
東京虎ノ門大逆
事件上海虹口公
園事件の元兇
仮政府国務委員
南京某所に潜伏中国官憲保護の
に活躍中のもの
安泰根
 四九
西利路
信 奄
安三才
張震球
趙漢用
黄海道信川郡斗羅面
清道
漢口?
韓国国民党理事
金九派参謀格
南京金九の身辺にありて活躍しつ
つあり屡々(しばしば)来滬す
安敬根
李冠五黄海道信川郡
南京
韓国国民党員南京に於て活躍中
李東寧
 六九
石 五
岩 山
咸南元山府祭洞二七
南京
韓国国民党理事
臨時政府国務
委員
南京に在るが老齢のため現在表面
的活躍なし
李始栄
 七八
省 済
松 谷
京城府黄金町二丁目
一六四
南京
韓国国民党監事
臨時政府国務
委員
右同
趙琬九
 五八
● 泉京城府寿会洞二二
南京
韓国国民党理事
仮政府国務委員
右同
巌恒燮
 四〇
一 波京畿道道始興郡西二
面安養里九九九
南京
韓国国民党理事一昨年末嘉興より南京に移転金九
派中堅となり活動中
金基瀅
 五一
金玄九
金鉉九
黄海道安岳郡龍順面
長山里八六三
南京鳴羊街四一号
右同党員南京に居住中なるが安瀬根との仲
頗(すこぶ)る悪し
孫斗煥
 四三
黄海道段栗郡長連面
東部里一〇六三
南京軍校和平里一五
民族主義金九派
に属するも現在は
関係深からず
南京中央軍官学校日本語教官奉職
中にして現在特記すべき活動なし
盧泰然
 四三
黄海道松禾郡豊海面
城上里二二〇
洛陽憲兵司令部
韓国国民党洛陽憲兵司令部に勤務同地停車場
取締に従事中昨年三月南京に帰り
活動中
曾成煥
 六六
曾 湜
曾 旭
晴 菜
曾 ★
京城府楽園洞一二四
南京
韓国国民党監事
仮政府国務委員
宋秉祚
 六一
宋永錫平北龍川郡楊下面
新倉洞五八
南京
仮政府国務委員
議政院議長
韓国国民党理事
昭和十一年十月金九派に投じ南京に
ありて活動中なり
金明濬
 五〇
金起元平南龍岡郡吾新面
九龍里二四五
広東
韓国国民党理事
議政院常任委員
車利錫
 五七
東 岩
徐立煥
平南平壌府上需里
南京藍旗街八号
韓国国民党理事
仮政府国務委員
昭和十年十一月南京に赴き爾来屡々
来滬することあり
金弘日
王 雄
王複高
平北竟川郡楊下面
五松洞一四五
南京第一公園前
公園坊三号
金九派に属するも
現在は関係深から
昭和十年九月頃金九の専横を戒め
口論となり金九派を離脱の上貴州
中国軍隊に入りたりと云う
楊明鎮
楊 墨

楊少碧
平南江西郡星台面
五里
広東
韓国国民党監事
臨時議政院常任
委員
一昨年十一月二日議政院常任委員
となる
閔丙吉
 五四
李蘇雲
李君守
忠南牙山郡温陽面
左部里一三六
杭州
韓国国民党員南京に於て活躍中
朴華山
 二九
平北義州郡古城面
烟上洞一七八
広東
右同広東中山大学在学中


※●は藕ののぎへんが糸。
※★は湜のさんずいが火。

●金九特務隊予備訓練所卒業生 (16名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
安春生
 二六
王 衡
安容春
黄海道海州郡錦山面
冷井里六二四
南京
韓国国民党員第十期軍校生
本名の部参照
鄭鳳翰
 二一
洪明赫
金明赫
咸鏡北道
南京
革命同志会員
(共産党)
昭和十一年八月下旬李成煥金学武
鄭成彦等の組織せる同志会に入り
南京に在りて活動中なり
李在賢
李海平平南平原郡徳山面
三井里
南京
韓国国民党員金九派として南京に在りて活動中
金容燮
 二二
張維輔咸北鐘成郡古邑面
竟山洞
南京
革命同志会員
(共産党)
鄭鳳翰に同じ
金硯爾
韓国賢慶南
右同右同
金尚穆
 二一
金炳官
田中正
陳春胡
陳春生
黄海道安岳郡龍門面
梅花里二八
南京
韓国国民党員安春生に同じ
「金国鉉の孫」
金元瑛
 一七
欧陽明黄海道
南京
革命同志会員
(共産党)
鄭鳳翰に同じ
 二九
王耀男上海生まれ
韓仁燮
 二六
韓 復
林虎山
京畿道高陽郡龍江面
阿峴里七〇
胡千坪
 二三
桂春城黄海道
南京
韓国国民党員安春生に同じ
金応三
 二一
蒋元武不詳
李仁哲
 二八
金剛一慶尚南道
民族革命党
金 化
 二七
金一剛咸鏡南道
李貞達
 二〇
李仁川
李志成
慶尚北道
厦門(あもい)又は広東
 二四
銭鮮鶴不詳
南京
韓国国民党員
賀応武
 二九
民?
安天雨


●南京中央軍官学校第十期本科生(16名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
羅奉燮
 二九
王良中黄海道安岳郡文山面
遠星里五七六
南京
金九派
韓国国民党員
高時福
 二八
高一鳴黄海道安岳郡龍門面
致華里一七番地
南京
右同
安春生
 二五
安容春
王 衡
黄海道海州郡錦山面
冷井里六二四
南京
右同安恭根と親戚
 二五
王信虎慶尚道
南京
右同
 二一
趙東潤黄海道海州郡海州面
南京
右同安定根妻の兄の子
盧亜敬
 二六
盧泰俊
和 郷
黄海道禾郡豊川
南京
右同盧伯麟の子盧泰然の親戚
 二二
金東秀京城府
南京
右同
 二四
韓大元京畿道
南京
金商斗
 二五
黄海道信川郡信川面
滌署里九
南京
民族革命党
(金九派?)
金鉄男こと金炳斗の弟
 二六
王子仁平安道
南京
共産主義
革命同志会員
金学武派
 二七
李義興慶尚道
南京
右同
 二二
金東一黄海道
南京
右同金九の親戚
白欒七
 二五
陳東明黄海道安岳郡安岳面
小川里二七九番地
南京中山炉基督教協進会
内(同中央大学内)
右同
 三六
申啓瑞京城府
南京
民族革命党
 二三
雷 震慶尚道
南京
王子仁に同じ
金有哲
 二九
陳国東黄海道安岳郡龍順面
長山里八六二
南京
民族革命党金鉉九こと金基瀅の長男


●南京陸軍中央軍官学校第十一期生(12名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
 二五
張炳勲民族革命党
中央軍官学校
特別区党員
昭和九年九月予備班に入り同十年
九月より入伍生となり在校中
 二五
趙烈光京畿道
右同右同
李相勲
 二四
李志剛黄海道鳳山軍舎人面
致花里一七
右同右同
 二〇
陳楽三右同右同
千暻伊
 二〇
冑 晃
王揖王
忠南扶余軍扶余面
佳増里二五一
右同右同
(第二期卒業生冑晃に該当す李慶
王と共に入露準備との情報あり)
 二一
再英賓右同右同
朴基成
 二六
李守鉉
劉章煥
右同右同
(本名は無政府主義者田理労と関
係あり)
 二二
王守義平安北道雲山郡
右同右同
 二七
劉 敵右同昭和九年九月入伍生として入学、
同十一年九月より正班に編入、引
続在学中
 二五
崔陽成右同右と同時に入学中昭和十年六月空
軍営に転じ在営中
 二四
金炳華共産系昭和九年九月予備班に入り同十年
九月入伍生に編入在校中
 二四
李鉄重右同右同


●南華韓仁青年連盟(無政府主義) (11名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
鄭元玉
 四一
華 岩
賢 燮
金北金堤軍月林面
長草里二一三
上海華街
無政府主義
南華韓仁青年
連盟幹部
上海華街南市に潜伏
盛に活動中なり
鄭鐘華
 四〇
海 里
海 日
東 梧
京城府西四軒町二四
上海華街
右同右同
朴基成
 三一
李守鉉
李寿鉉
忠北、鎮川郡文白面
鳳竹里
右同軍校第十一期生の部参照
李容俊
 三一
田理労
千里方
麗 朶
起 泰
李春城
忠北堤川郡鳳陽面
院朴里三六六
北平
右同
柳基石
 三三
柳 茹
柳基錫
柳樹人
京城府弼雲洞七二
開封
右同河南民報主筆
柳興湜
 四四
興植、李清
子明、興俊
友槿、興根
忠北中州郡利柳面
永平洞四三六
南京東流鎮東流農場
技師
右同南京に居住し南翊立達農学園
教師を奉職
月三四回宛来住しつつあり
柳基文
 二八
京城府弼雲洞七二
北平
柳基石の弟
 二七位
李 達
南京藍旗街八号
右同上海華街南市に潜伏活動中の処
昭和十二年六月南京に赴き韓国
国民党
へ入党
李瀅来
 二三
全南宝城郡兼城面
南陽里 李東熟二男
不詳
無政府主義者連盟
に加盟し居るものと
思料せらる
金秉学
 三四
平安南道江西郡江西面
岩底里四五七
上海以下不詳
右同当地法界華街方面を転々中
李春城杭州南華韓人青年連盟


●共産主義者 (12名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
李啓商
 五二
京畿道楊平郡楊西面
龍漂洞一一二
入露?
共産主義入露せりとの情報あり
梁 明
 三六
健 録
建 一
慶南統營郡沙等面
沙等里
不詳
右同不詳
韓 海
 三八
咸南豊南郡安山面
内中里
不詳
右同
曹龍岩
 三五
江 岩京畿道江華郡府内面
官庁里
不詳
右同
余永琬
 四〇
一 聲京城府需松洞一〇七
不詳
右同
左行玉
 三一
左赫祥
左赫相
高相赫
左龍朱
左龍樹
左道行
全南済州島大静面
新柳里三〇三一
不詳
右同
安光駒
 四〇
安光泉
林在一
慶南進水郡進水面
蟻田里
不詳
右同
金元慶
 三八
雲 堂
亡崔昌植
の妻
京城府武橋町
上海
右同独乙人美容院に就職し居れるが
現在は運動には全然干関なきも
のの如し
金泰淵
 三七
金丹冶
金 桂
金秋皇
慶北金泉郡開寧面
東部洞六九
不詳
右同不詳
金泰奎
 四〇
平北鐡山郡站面
柳亭洞
不詳
右同
東吉文
 二八
車天馬慶南釜山府草場町
三丁目七九
広東?
右同
金奉烈
 三八
金 烋忠北沃皮郡伊院面
院洞里
不詳
右同


●団体ニ表面深キ関係ナキ要手配者 (40名)
氏名及年齢別 名
本  籍
住  所
容疑事由備     考
尹滋英
 四二
尹石漢
不可殺
慶北青松郡青松面
金谷洞
不詳
民族主義者
元臨時政府国務
委員軍務長
所在詳ならず
朴桂子
 五三
全南務安郡安住面
唐古里
不詳
元臨時議政院
議員
右同
朴○翊
 五八
朴○京
朴南坡
京畿道坡州郡州内面
鳳楼里二四
江蘇省漂陽
元金九派幹部た
りしも現在離滬し
各団体に干係なし
昭和九年二月頃金九派を脱し上記
住所に赴き農業を営み居れり
朴奉春
 五四
朴南敦全南木浦府北橋洞七七
不詳
民族主義者不詳
趙尚燮
 五一
元 昌
海 滄
平北義州郡古津面
南済洞二八九
止海法界麦賽而蹄羅路
興士団主席
元韓国独立党員
牧師
人参商天昌公司経営なるが南華
韓人青年連盟に月五十元宛提供し
つつあり
趙徳櫓
 五二
趙聖山平北義州郡古城面
竟山洞三二六
上海法界霞飛路
興士団伍長
元韓国独立党員
現に民族革命党に
在籍
牧師
果物商を経営し居れり
李圭洪
李道淑
虹川
慶南梁山郡北面大石里
三九七
不詳
元臨時政府国務
委員
財務長兼外務長
詳ならず
李鐘洛
 四四
李鐘男忠南牙山郡仁州面
文方里
元義烈団員昭和九年頃杭州警官学校にて爆弾
製造中に死亡せる李東華に該当せ
ざるや
李喜儆
 四九
平南順川郡順川面
下里六六
不詳
元臨時政府
外務次長
不詳
李鐘岩
 四二
深??
梁??
楊根浩
李鐘淳
慶北大邱府南山町
一四〇
不詳
元義烈団員
李 雄
 三八
李俊植
李曾孫
李 虎
李浩然
李明煕
平南順川郡順川面
西辺里七九
広東
元在満国民府
幹部
広東
李明鎬
 三〇
咸北元反帝同盟
韓人支部員
不詳
劉錫瞰
 二九
丁 鳳
世 光
忠北忠州郡忠州邑
安林里三七九
不詳
民族主義
共産主義者
梁基済
 三九
平北定州郡馬山面
新五洞三三七
民族主義者
韓鳳根
 四四
慶南密陽郡密陽面
駕谷里五六七
不詳
元義烈団員
韓鎮教
 五一
百 鹿
韓松溪
韓鹽山
平南平壌府真香里
上海法界馬浪路四三〇
元韓国独立党員
元大韓僑民団員
目下漢薬商を経営中なり
南享祐
 六三
京城府嘉公洞一二五
南京
民族主義者なる
も現在団体に
干係なし
羅東憲
 三九
平北煕川郡真面
杏川洞
四川省 嶺
民族主義肺病療養院経営中なり
権基玉
 三六
金基玉平南中和郡東頭面
南京東応街九号
民族主義
女飛行士
文 彬
 四二
文昌燮
金志玉
文 亀
文性煥
文 一
李栄彬
漢承国
金水道
文賢煥
文昌植
金道永
丁基浩
平北求郡公北面香川洞
一三五
民族主義不詳
高栄朧
高豁信
高濶信
平南龍崗郡多美面
大安里九三八
北平
元義烈団員
民族主義
共産主義
昭和八年五月金元鳳に対し共産
主義還元方を進言し納れられず
同団を脱し北平に去れり
洪容義
 四四
洪在衡
幼名玉峙
黄海道黄州郡州内面
内咸洞
上海法界
民族主義
興士団班長
上海バス会社車掌監督に就職中
なり
呉永善
 五三
呉允善京畿道高陽郡漢芝面
梨瀬院里
上海法界馬浪路
元臨時議政院
議員
肺患を病み療養中
鄭再燮
 三五
金北益山郡礪小里
六八五
南昌飛行学校
民族革命党員?
鄭大鎬
豊 有
松 齋 
京城府昌成洞
不詳
民族主義者不詳
安載煥
 四〇
安東満
安之清
平南安州新安州面
東七里二一
南京
元義烈団員
民族革命党に
在籍
武昌軍事政治学校卒業五、杭州
飛行学校機関雑誌に投稿しつつ
ありしが昨春南京に移る
崔天浩
 三八
崔萬年平北義州軍加山面
泉甘洞
元義警隊員
青年同盟
執行委員
現在不詳
崔奉信
 二七
崔敬洙平南求西郡星台面
硯谷里七四三
南京憲兵学校
民族主義者実父崔能賢は江西沙川に於ける
憲兵殺しにして死刑の欠席判決
を受けたるもの本名も父の感化を
受け居るものと思料す
金明鉉
 四一
金七星
金 興
黄海道段栗郡西郡面
雲城里五二八
不詳
元義烈団員
青年同盟
監察委員
不詳
金炳斗
 四二
喝 者
金鐵男
黄海道信川郡信川面
滌署里九
南京城佐営三山里一号
中国広東
共産党系
民革に在勤
南京中央軍官学校日本語教授
陸軍中校(中佐)
の職にあり
金鐘喆
 五〇
奎 山
芝 山
春 山
林現学
慶北慶州郡陽北面
龍徳里四五〇
不詳
元義烈団員
共産党員
詳ならず
金尚徳
 四七
金相徹
金在斗
忠北沃川郡伊院面
院洞里
南京毛家苑七号ノ二
元青年同盟員
朝鮮独立党員
民革員
不詳
金元達
 三五
金元根
海 石
平北定州郡萬山面
盆城洞九四〇
不詳
元義烈団員
金在徳
 四四
金 岩
金 球
金 亀
平南平壌府景昌里五二
不詳
右同
金相潤
 四一
金 玉慶南密陽郡上南面
岐山里
北平
右同
金昌祚
 三八
金昌国
金京文
慶南山清郡矢川面
川坪里二四九
広東
元韓国独立党員
元民革員?
広東中山大学在学中
姜世偉
咸南端川郡
不詳
元義烈団員詳ならず
申健植
 四九
申 桓
公 七
斗 興
忠北清州郡加徳面
仁次里一五一
南京小紗帽巷一二号
民族主義者中国軍員軍医
申栄三
 四二
申用才平南平原郡粛川面
道徳里二三二
四川省萬県
元民族革命党員
李青天派
電療院経営中
賓光国
 四一
黄海道黄州新上面
上里四六五
不詳
元青年同盟
監察員

※○は賛の上部が文ふたつ。
※?は判読不能。


【参考資料画像】
昭和12年12月第5号要手配不逞鮮人名簿-韓国独立党再建派-韓国国民党(金九派)28



【資料出典】
1938(昭和13)年 司法省刑事局 思想情勢視察報告集 其の5 (中華民国に於ける不逞鮮人並に中国共産党の動静) 所収「南京陥落後の在支不逞鮮人団体の動静」

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