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2014/09/03

大東亜共同宣言


大東亜共同宣言とは1943(昭和18)年11月6日に日本で開催された史上初のアジア諸国だけの会議である「大東亜会議」で採択された宣言です。

大東亜会議の参加国は中華民国国民政府の汪精衛氏、タイ、満洲国、フィリピン、ビルマ(現ミャンマー)そしてイギリスからの独立を熱望していた自由インド仮政府のチャンドラ・ボース氏、日本代表は東條英機首相でした。

大東亜共同宣言の主旨は「アジア諸国の独立」です。

大東亜共同宣言採択によって、侵略者である白人側に加担していた中国共産党、中国国民党、朝鮮以外のアジア諸国は一心一体となって大東亜戦争の完遂と、大東亜共同建設必達の決意を表明しました。


大東亜共同宣言


出典:1943(昭和18)年 内閣印刷局 情報局編 「アジアは一つなり」



 聖戦ここに満二年、今や皇威大東亜に洽(あまね)く、大東亜の建設日を逐(おう)て進み、早くもアジアの黎明を迎ふ、我々はこの輝かしい現実に当面して感慨まことに深きものがあるが、殊に過日の大東亜会議の結果、青史始って以来の大東亜の結集成り、大東亜共同宣言の宣明によって、アジアは一心一体となって大東亜戦争の完遂と、大東亜共同建設必成の決意を表明し得たことは、正しく「光は東方より」、世界人類の歴史に輝かしい新紀元を画したものといふことが出来るのである。 

大東亜共同宣言


 抑々(そもそも)世界各国が各々(おのおの)其の所を得、相倚(あいよ)り相扶(あいたすけ)て万邦共栄の楽を偕(とも)にするは世界平和確立の根本要義なり。然(しか)るに米英は自国の繁栄の為には他国家、他民族を抑圧し、特に大東亜に対しては飽くなき侵略搾取を行い、大東亜隷属化の野望を逞(たくま)しうし、遂には大東亜の安定を根柢(底)より覆(くつがえ)さんとせり。大東亜戦争の原因ここに存す

 大東亜各国は相提携して大東亜戦争を完遂し、大東亜を米英の桎梏(しこく:手かせ足かせ)より解放して、其の自存自衛を全うし、左の綱領に基き大東亜を建設し、以て世界平和の確立に寄与せんことを期す

一、大東亜各国は協同して大東亜の安定を確保し、同義に基く共存共栄の秩序を建設す

一、大東亜各国は相互に自主独立を尊重し互助敦睦(とんぼく:情愛厚く仲のよいこと)の実を挙げ、大東亜の親和を確立す

一、大東亜各国は相互に其の伝統を尊重し、各民族の創造性を伸暢(しんちょう)し、大東亜の文化を昂揚す

一、大東亜各国は互恵の下緊密に提携し、其の経済発展を図り、大東亜の繁栄を増進す

一、大東亜各国は万邦との交誼(こうぎ)を篤(あつ)うし、人種的差別を撤廃し、普(あまね)く文化を交流し、進んで資源を開放し以て世界の進運に貢献す



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