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2014/09/01

戦犯企業は朝鮮人出稼ぎ労働者に大人気の就職先だった


韓国が、日本の戦犯企業にしつこく賠償を求めています。

しかし、日韓併合時代、「戦犯企業」は朝鮮人出稼ぎ労働者に大人気の企業でした。なぜなら、三菱重工業や川崎重工業などの大企業に就職できれば生活が安定するからです。

【朝鮮の人参飴売り】
日本でも飴売りをしていた。
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朝鮮人出稼ぎ労働者の中には、役人に

「大企業に就職できるよう口利きしてくれ」

と頼む者もいました。

それが戦後になったら、

「ウリは強制連行されたニダ!強制徴用されたニダ!!戦犯企業は謝罪と賠償するニダ!!!」

ですからね。

日本が韓国に心をかけなくなるのも当然です。


【韓国の本性】韓国の経済発展、日本が決定的に寄与 いつまでも賠償要求…甘えを許すな!
2014年8月31日 zakzak by 夕刊フジ

 韓国の経済危機が叫ばれるなか、解決済の戦時徴用工に対する補償問題まで蒸し返し、裁判所は次々に日本企業に賠償命令を下しており、最高裁でも日本企業敗訴の可能性が高い。

 他にも300社近い日本企業が“戦犯企業”としてリストアップされており、訴訟総額は2兆円に及ぶと予想される。原告の弁護士は、勝訴の場合、対象企業の在韓資産はおろか在米資産も差し押さえるべく法的手続きを取ると息巻いている。

 日本にとって韓国市場は極めて限定的である。一方、日本企業がなければ韓国の輸出産業は成り立たない。これまでの日本の過度な配慮があだとなり、「どんな無理な要求でも日本は応じる」という錯覚に陥り、破滅に向かって暴走しているとしか思えない。自助努力しない国は亡びる。ならばこの際、一度韓国と官民ともに距離を置き、覚醒を促すことが韓国のためではないのか。

ソース元URL:http://www.zakzak.co.jp/society/foreign/news/20140831/
frn1408310830002-n1.htm


強制連行されて来た?
朝鮮人出稼ぎ労働者職業アンケート結果


1926(大正15)年に神戸市が、在神朝鮮人労働者を対象に職業に関するアンケートを実施しました。

その結果、上から目線で他力本願な回答が集まったのですが、当時の朝鮮人出稼ぎ労働者らが戦犯企業に就職したい、日本軍国主義の官公庁に勤務したい、という願望を持っていることが判明しました。

まさに「金・見栄・権力」に異常に執着する民族性が現れていたわけです。

日本人にしてみれば、日本渡航阻止政策を振りきって、密航までして日本に来て、日本人の仕事を奪ったあげく、失業しているのですから、ふざけんなーっ!というところだったでしょう。



出典:1927(昭和2)年 神戸市社会課 「在神半島民族の現状」 三 朝鮮人の職業に関する検討

※現代語に意訳しています。


表の二六 鮮人の職業に関する希望竝(ならびに)感想(世帯持)

一、賃金は日本人と差別がないよう願い申しあげます

一、下宿人を失業させないようにして、下宿料を踏み倒されないようにお願いします (下宿業者)

一、われら朝鮮人の失業者に対する職業紹介機関の設置を希望します

一、一部の土木事業を請け負いたい (土木請負業者)

一、確実な工場で安心して働きたい (失業者)

一、仲仕(管理人注:ちゅうじ:ウェイター)を希望します (失業者)

一、官公庁に奉職したいです (失業者)

一、今日に至っても日本人と朝鮮人をはげしく差別待遇するような偏狭な上司は、どんな方針でわれらが貧乏なる大日本帝国が世界に立場を得るか、お答えください、日本人同様官公庁に採用されるようお願いする

一、職人はいやです、独力で理髪店を開業したいです


表の二七 鮮人の職業に関する希望竝(ならびに)感想 (独身者)

一、商業を独立してやりたい (店員)

一、ダンロップ工場の職工になりたい (失業者)

一、川崎造船所の職工になれるよう紹介してください (日雇い労働者)

一、資格を持っている人は日本人、朝鮮人の区別なしで登用するようにしてください

一、焦慮しないで、好景気が来るのを待ちます

一、苦学する目的で日本に渡来しましたが、終日の激務では夜間は勉学ができません。なんとか昼間の短時間で衣食に足りる賃金を取る方法はないでしょうか、お世話を願います

一、賃金は日本人より安く、仕事は辛抱できない

一、市役所社会課にて救済事業を徹底的にやってもらいたい

一、精神的ケアをやってくれる機関を設置してください

一、日本は以前夢想した希望とは反対の場所でした。金があったら朝鮮に帰って父母と暮らしたい


イ、現職業調査

 朝鮮人と言えば直(す)ぐ、人気の中心だった飴売りを連想した程──春風駘蕩(管理人注:しゅんぷうたいとう:のんびりしているさま)たる時代もあった。ぞろぞろ物珍しげに飴やの尻にくっついて、思わずも村境まで歩いて行った子供の多かった時分には──お互(たがい)は気まずいおつきあいをして居(い)なかったに違いない。

処(ところ)が昼あり夜ありで、日数が重なって朝鮮人が鼠勘定(ねずみかんじょう)に殖(ふ)えて来始めると、もう珍しいのを通りこしてそろそろ鼻について来た

(中略)

 此(こ)の意味から世帯持(ち)の就職傾向を一言にして尽(つく)せば、降っても照っても働ける──収入の確定した──生活の基礎を動揺されない──工場生活等に独身者以上の熾烈な希望を持って──近寄らんことを欲し又これを最大の就職理想として奮闘して居ると言い得るのである。

現に川崎造船所で働いている鮮人が、世帯主中九二人という素晴らしい景気のいい処を示して居るのを見ても判(わか)るわけで、要之(ようするに)独身者にあっては殆(ほとん)ど過半数が申し合せた様(よう)に南京虫とざこ寝しいしい──一日七十五銭の飯代と──一割宛賃銀の頭をはねられながらも、別に之(これ)と言って不平を鳴らすわけでもなく──さりとて憤然蹶起(管理人注:けっき:決然と行動を起すこと)する熱心さもなく──徒(いたず)らに下宿屋のおやぢの懐中(管理人注:かいちゅう:財布)を、日に日にふとうして行くに過ぎない憐れな日稼労働者の一団であるのである。


【管理人注】
一割宛賃銀の頭をはねられながら…ブローカーの取り分。就職斡旋料や前貸金の返済分を日払い賃銀から徴収していた。中には朝鮮人労働者の日払い賃銀を雇主から一括してブローカーが預かり、就職斡旋料や前貸金返済分を差し引いて朝鮮人労働者に渡すというケースもあった。日本企業や日本軍が朝鮮人労働者の賃銀をピンハネしていたわけではない。

下宿屋のおやぢ…早い時期に日本に渡航して来た朝鮮人が経営していた朝鮮人用下宿屋。漫然と日本に渡航して来た朝鮮人を波止場でブローカーが札ビラをきって勧誘し、こういった下宿屋や飯場に送りこんでいた。日本政府はブローカーを取り締まるべくハロワ朝鮮を設置したが、朝鮮人はほとんど利用せず、日本にいる同胞やブローカーを頼って密航をくわだてた。日本軍が朝鮮人を強制連行してタコ部屋に入れた、というのは捏造である。
  


いつもいつも、自分らだけがいい思いをしようとすると、必ず矛盾する点が出てくるのです。


【写真出典】
1910(明治43)年 統監府 「韓国写真帖」 

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