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2014/08/13

自称「戦勝国民」とアメリカ人宣教師との関係資料


韓国にキリスト教信者が多いのは、日韓併合前から白人宣教師(主にアメリカ人)に煽動され、白人と結託していたからにほかなりません。

朝鮮人が「戦勝国民」を自称するのは、そういった理由があるからです。朝鮮人は日本に反抗してソ連中国、アメリカの手先として抗日戦・反日テロをやっていた、だから「戦勝国民」なのです。

日本人から見れば「裏切り者」以外の何物でもありませんが。

日本に弾圧されたことのない韓国は、日本人の怒りがわからないようで、事ここに至ってもまだ「韓日友好」とか言っています。


【朝鮮本来の神「天下大将軍」 】
性神が変化した鬼神。朝鮮人は日本神道ではなく、キリスト教を選択した。さもありなん、という感じ。
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日本の資料に見る在鮮アメリカ人宣教師らの「排日・侮日」



戦前日本人が、在鮮アメリカ人宣教師らの「排日・侮日」について書き遺した資料は次のとおりです。


赤レンガの教会でアメリカ人宣教師が日本の善政を呪詛する



出典:1924(大正13)年 大日本社 川島清治郎著 「朝鮮論」  21ページ 九、独立論者の虚妄



 米国の宣教師なども敢て博愛慈善の仮面を被(かぶ)りつつ数十年来未(いま)だ曾(かつ)て朝鮮民族の生活状態に就(つい)て思(おもい)を致さず徒(いたずら)に彼(か)の簇々(そうそう)たる民屋の間に在りて赤煉瓦(れんが)の教会堂を建て陰険なる口調を以(もっ)て無心の人民を蠧惑(とわく)し日本の善政を呪詛し朝鮮の不安を醸さんとするは何の心である乎(か)。大(おおい)に神の心を裏切るものでない乎。



旧韓国の拷問を日本政府がやったことにしてアメリカで書籍発行



出典:1930(昭和5)年 南山吟社 今村鞆著 「歴史民俗朝鮮漫談」  407ページ 暴徒の話



外国宣教師の或(ある)者等等は、彼れ(管理人注:日本人を襲撃する朝鮮暴徒)に好意を寄せて、裏面より応援をした、当時国交上、教会堂及宣教師は、治外法権同様の待遇を受けて居(お)ったのを奇貨として、教会を策源地とし、或(あるい)は避難地とした、当局の内訓により夫(そ)れを如何(いかん)ともする事の出来なかった事は、当時討伐官憲をして切歯扼腕せしめたものである。

宣教師の或者等が、日本の保護政治に、妨害を加えた事は一通りではない、已(のみ)ならず、日本の施政を悪し様(あしざま)に誣(し)いて、本国に報告し、外国に於ける日本の声価を傷つくるべき悪宣伝に資料を供給した、嘗(かつ)て旧韓国時代の、絞首強問(ごうもん)等、甚だしく残酷を極めたる絵葉書が、市中に売られて居ったのを買取り、夫(そ)れを日本政府が行えるものとして、著書の中に挿入して、米国で発行し、日本の蛮行として一問題としたと云(い)う如き悪辣なる事も行った、此(この)絵葉書は其の為(た)めに、発売禁止となった。



キリスト教米国長老派教会を中心としてさまざまな風説が出た



出典:1937(昭和12)年 帝国地方行政学会 「朝鮮行政」編集総局編 「朝鮮統治秘話」 64ページ 治安維持と警務当局の苦心 



 当時朝鮮の不穏は、盛んに宣伝されて居(お)った。実際又その通りであって、これを例示すれば、第一京城内に於ては、概ね戸を閉じて店を開かなかった。これは朝鮮の慣習上、政治に対する反抗の意志表示である。監獄内に万歳を叫ぶ囚徒があった。

一、内鮮人往来殆(ほとん)ど絶えて、従来親密であった人も音信しない。且(か)つ内地人(管理人注:日本人)に対し、侮辱の態度を執る朝鮮人が非常に多くなった。

一、地方に於ては内地人の立退(たちのき)を請求する鮮人もあり、又迫害圧迫の行動を執るものが甚だ多かった。

一、上海の仮政府を信じ、これが成功を希望する者が少なくない。

一、民族自決とか、朝鮮独立とか、朝鮮自治とかいうことが盛んに唱えられた。

一、米国に信頼する念が非常に盛んで、キリスト教就中(なかんずく)米国の長老派の会堂に出入する者が、著しく増加した。種々なる風説が其処(そこ)を中心として出た



「三・一独立万歳騒擾事件(韓国では三・一独立運動)の黒幕もアメリカ人宣教師



出典:1922(大正11)年 早坂義雄著 「混乱の支那を旅して:満鮮支那の自然と人」 49ページ 米人宣教師の宣伝 



それにも一つの難物は

(五) 米人宣教師と鮮人の関係である、米人の活動は表面には宗教宣伝と学校経営とに余念がないようであるが裏面には自由、平等、民族自決思想を盛んに鼓吹し暗に反日感情を煽り独立を勧めつつあるは公然の秘密といってもよかろう、先年の独立騒(さわぎ)も騒いだのは学生であるが、裏面に活動したのは米国宣教師であった、金の力による米人の懐柔政策はどこでも成功してるのは大いに吾人(われら)の考えねばならぬ所である。



大阪の朝鮮人キリスト教会の指導者としてアメリカ人宣教師が着任



出典:1933(昭和8)年 司法省調査課 「報告書集.2」  71ページ  第六節 宗教



 布教に就(つい)て大阪府には大正十五年六月創設の侍天教(管理人注:東学党の祖崔済愚を教祖として朝鮮で創立した宗教)伝教所があって信者を集め、また大阪市東淀川区山口町に禅教両宗朝鮮大本山麻谷寺大阪布教所が昭和七年五月設立され、大阪地方に於ける唯一の仏教布教所であるが共に未だ多くの信者を得る程度に至っていない。

 それ故大阪に於ける朝鮮人に対し、目下確たる施設を有するものは基督(キリスト)教のみであるということが出来る、米国宣教師ルーザー・リスガー・ヤングが在日本朝鮮耶蘇教会日本宣教部の指導者となり、その下に関東地方会、関西地方会、九州地方会が組織せられ、関西地方会は名古屋教会、京都教会、大阪朝鮮耶蘇教会、神戸教会の四支会をもち、大阪朝鮮耶蘇教会は大阪市及市外の朝鮮人密集地域に十二個の教会を設置し、熱心に朝鮮人に対する布教に従事しているが、之(これ)が伝道に従事しつつある朝鮮人は基督教の伝導と共に民族意識の鼓吹を図らんとするものと見られ、祈祷会、講演会等に於ても、屡々(しばしば)排日的言辞を弄し、民族的反感を煽らんとする傾向がある、

昭和五年三月発行の大阪朝鮮耶蘇教会会報創刊号所掲の記事を見ても、左記の如くその思想の一端を知ることが出来る。

(中略)

 赤い上衣と汚い袴(はかま)をつけた朝鮮の児童が、日本児童の遊ぶ所に行くと、「朝鮮人汚い」との侮辱を受けて、人間は本能的に又理智的、情意的に同志の相扶と団結力を要求するのである、見ヨ! 時代は団結するのだ 殊に吾等(われら)の如く孤独の虚地と複雑なる周囲環境は団結の力を痛切に感じ、衷心より渇望する所 ああ偉大なる哉(かな)だ。

 唯(ただ)我々は各自が「モーゼ」となりクリストの精神により民族を救おう。

 然(そ)うだ十字架上の七声言となり、愛の冒険をすべき吾(われ)大阪今宮朝鮮基督青年の心と共に人類歴史上、永遠に生きて行くことを祈りつつ、吾等は涙多き諸君の前に此(こ)の雲柱を提供するものである。

               一九二九年二月、 編集室

 
 大阪に於ける朝鮮人基督教信者は千人以上に及び、隆盛に赴きつつあるが、右の如く布教師が専ら民族的反感を捉え、感銘を与えつつ伝道する点に注意を要する。



僣称上海仮政府の資金受付窓口だったソウルセブランス病院



出典:1937(昭和12)年 帝国地方行政学会 「朝鮮行政」編集総局編 「朝鮮統治秘話」 73ページ 愛国婦人会の検挙



 赤池 警務当局者は本部といわず、道庁といわず、一生懸命で職に努め、殊に民心の推移傾向に意を注いだ結果、事業着々その緒に就(つ)き、成績も亦(また)次第に挙(あが)ってきた。

殊に成功の第一着手は、大邱に於て愛国婦人会を検挙したことである。これによってキリスト教と万歳騒ぎ(管理人注:三・一独立運動)の関係が判明するは勿論(もちろん)、朝鮮の空気竝(ならび)に人心の機微の動き方が判るようになった。これが将来の計画を樹(た)てるに当って、どれ程助けになったか判らぬ。これは第三部長新庄祐次郎君の功労で、特筆大書すべき値がある。

この事件の概要をいえば、黄愛施徳と金マリヤという婦人達が、金銭を募集し、キリスト教の手を借りて、之(これ)を上海に送り、独立運動を援助したもので、其の関係者は諸方にあり、連絡のためには、連通制という組織を利用し、巧(たくみ)に暗号、隠語を以て通信したものである。

 例えば上海の仮政府を海商会と称し、市価の騰落を以て、不逞運動の消長を形容するの類である。而して(そして) 調査の結果、京城セブランス病院の看護婦も、亦これに加ったことが判明した。

由来セブランス病院は総監説明の如く、多年排日の巣窟と視(み)られ、その病院長たるイビソン博士は、宣教師として在鮮二十余年の長きに及び、特殊の理由によって、特殊の信望を荷(にな)い、至大の勢力を朝鮮人間に有して居(お)った。

又その病院の教師スコフィルド博士は、排日の勇将として聞え、その病院は陰謀の策源地との風評があった。

(中略)

 殊にメソヂスト派のウェルチ博士は、極力宣教師を戒め、朝鮮の内政に容喙せざることを訓示したので、宣教師の態度も余程改った。スミス氏の如きは、積極的に総督政治を弁護して、進んで米国人に総督政治の真相を通報するようになった。

併(しか)しながら長老派は、中々その態度を改めないで、殊に平壌に在るものは、上海と朝鮮との交通の媒介をすることが少くなかった。

大邱愛国婦人会の検挙に引続いて、不逞鮮人就中(なかんずく)安東線の交通局に拠れる者を検挙して、上海方面と平壌キリスト教との関係が漸く判明して来たから、モヘット宣教師その他に対して深甚の注意を促したのであった。



北朝鮮の平壌(ピョンヤン)はアメリカ人宣教師の天下、欧米の宗教に入信すれば日本は何もできないニダ



出典:1917(大正6)年 誠文堂 渋川玄耳著 「藪野椋十日本世界見物」 409ページ



一四 耶蘇教の蔓延

三万の韓人中、約半数は耶蘇教(管理人注:キリスト教)に化(な)って居(い)るという、予(管理人注:よ:私)が見物の日は偶(たまたま)日曜であったが、ガンガラガンガラ寺院の鐘は全市に満ち、街上(がいじょう)を往来する青年は概(おおむ)ね聖書を小脇に挟んで居た、門札に正何品(管理人注:しょうなんぼん:階級をしめす語)と耶蘇教徒とを肩書にしたのすら有る、此(この)地方は素(も)と仏国の宣教師が伝導に尽(つく)したのだが、大院君の数度の大迫害で十分に発達することが出来ず、今盛りに栄えて居るのは新教である、殊(こと)に平壌は米国宣教師の天下である、元来宗教心に乏しき韓人が何とて斯(か)く耶蘇教に帰依したかというに、後世安楽より現世利益が彼等(かれら)を引きつけたのである。

(中略)

欧米の耶蘇教に入って居れば日本驕(おご)れりと雖(いえど)も奈何(いなん)とすることが出来ないから、祖先の地を守るには之(これ)に限るという途法(とほう)もない風聞が伝わって、一時に教会の門が賑(にぎお)うたこともある。 今では宣教師が政治上に喙(くちばし)を容(い)るることも無くなった筈(はず)で入教者も前程(まえほど)に殖(ふ)えないけれども、尚(なお)自分は耶蘇教徒だと言えば、少なくとも日本党で無いという招牌(かんばん)には為(な)る




アメリカ人が朝鮮独立後援会@米国を組織、共和党議員、宣教師が所属し、朝鮮人に排日を煽動している



出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C06031112000:1919(大正8)年 朝鮮軍参謀本部 「密第102号其482 鮮人の多衆運動」



大正八年十月六日 高警第二八四七九号 
地方民情彙報

〇鮮人の多衆運動(平安南道知事報告)

安州に於(おい)ては九月二十八日午後五時より普通学校生徒約百名は楽隊を先頭に邑(むら)ないを練り廻り且(かつ)数団に分離して朝鮮芝居を催し見物人より一銭内外の金品を受けたるが彼等(かれら)は耶蘇(やそ)教徒の使嗾(管理人注:しそう:そそのかすこと)煽動により多衆運動に対する官憲の取締態度を窺知(管理人注:きち:うかがいしること)せむが為(ため)此(こ)の運動を開始したるものの如く 為に在留内地人(管理人注:日本人)は騒擾の再発を憂い在留民代表者四名は道庁に出頭し出兵方を陳情せり

尚(なお)同地耶蘇教会堂の日曜礼拝には平素約二百名位なるも九月二十八日の日曜には六百名の参集者ありて民心稍(やや)不安の兆(きざし)あり

【現代語訳】

安州では9月28日午後5時より、普通学校生徒約100名は楽隊を先頭に村内をねり歩き、かつ数団に分かれて朝鮮芝居をもよおし、見物人から一銭内外の金品を受け取った。

かれらは耶蘇教(キリスト教)徒のそそのかし、煽動によって多衆運動に対する官憲の取締態度をうかがい知るためにこの運動を開始したようである。

そのため在留日本人は(三・一独立万歳騒擾事件のような)騒擾の再発を心配して、在留民代表者四名は道庁に出頭し、(騒擾が起きたときの)出兵を陳情した。

なお、同地耶蘇教会堂の日曜礼拝にはふだん約200名くらいであるが、9月28日の日曜には600名の参集者があり、(日本人の)民心にやや不安のきざしが見えた。



〇朝鮮独立後援会(平安北道知事報告)

上海仮政府に資金提供の疑(うたがい)ある平壌府居玉景鎬が知人に洩(もら)したる所に依れば元韓国学部顧問米国人「ハーバート」は米国に於て朝鮮独立後援会を組織し李〇(管理人注:様のつくり)晩と相共に活動し居(お)れり 尚同会員には米国共和党員及(および)朝鮮、支那駐在の米国人宣教師ありと語れり 而(しか)して(そして)之(これ)を転聞せし排日鮮人等は直(すぐ)に之を信じ米国人の好意を感謝すると共に大(おおい)に信頼しつつあり 加之(これのごとく)在鮮宣教師は騒擾以来日本に対する反感益々(ますます)増長し其(そ)の反面に於ては盛(さかん)に鮮人の親米熱を煽りつつある傾向あり

【現代語訳】

上海仮政府に資金提供の疑いある平壌府在住玉景鎬が知人にもらしたところによると、元韓国学部顧問米国人「ハーバート」は米国で朝鮮独立後援会を組織し李〇晩(管理人注:李承晩のことと思われる)とともに活動している。

なお、同会員には米国共和党員および朝鮮、支那駐在の米国人宣教師がいると(玉景鎬は)語ったそうである。

そしてこれを伝聞した排日鮮人らはすぐにこの話を信じ、米国人の好意に感謝するとともにおおいに(米国人を)信頼しつつある。

このように、在鮮宣教師は(三・一独立万歳)騒擾以来、日本に対する反感がますます増長し、その反面ではさかんに鮮人の親米熱をあおっている。






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