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2014/05/28

韓国駐留日本軍に群がった朝鮮人売春婦


韓国は『日本軍は朝鮮人女性20万人を強制連行して従軍慰安婦にしたニダ!!』と世界に垂れ流していますが、日韓併合前、韓国に駐留した日本軍(韓国駐箚軍)の兵営や施設に朝鮮人売春婦が群がってきたという記録が残っています。

兵営のそばを売春婦がうろつくのは、世界的に見てもごく当たり前のことです。韓国は捏造で日本をおとしめていますが、自分らはこの「ごく当たり前のこと」をやっていたのです。

こういうのしかいない所に

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大ロシア様に勝利した、コギレイでお金のニオイがする日本軍がやって来たわけですから、

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朝鮮人売春婦が群がらないはずがありません。

明治41年7月2日「韓国駐搭部隊花柳病取締方の件」に、その時の状況が記されています。


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C06084533200:1908(明治41)年7月2日 陸軍省 「韓国駐搭部隊花柳病取締方の件」



大臣より外務大臣へ御照会

韓国駐箚軍隊所在地には多数の密売淫婦来集するの状況にして之(これ)を放任するときは軍隊に花柳病を伝播し兵力維持上少なからざる影響を来すの虞(おそれ)之(これ)有(ある)候に付 当該軍隊には夫々(それぞれ)取締方内訓可致(いたすべく)候 尚在韓国領事に於ても右密売淫婦に対し相当の取締法を設け病毒の伝播を予防すべき旨訓令相成(あいなり)度(たく)及照会候也

(八月廿日)

【意訳】
大臣より外務大臣へ御照会

韓国駐箚軍隊所在地には多数の売春婦が来集する状況にあり、これを放任すれば軍隊に花柳病(性病)感染が拡大し、兵力維持上少なくない影響をきたすおそれがあるため、該当する軍隊にはそれぞれ売春婦取締の内訓をすべく なお在韓国領事においても売春婦に対し相当の取締法を設けて病毒感染を予防すべき旨訓令をいただきたく照会致します

(八月二十日)



大臣より韓国駐剳軍司令官へ御内訓案

韓国駐箚軍隊所在地には多数の密売淫婦来集するの状況なるを以て兵員の取締を厳にせざるときは花柳病毒を軍隊に伝播し兵力の減耗を来たすに至るの虞(おそれ)少からず 依(よっ)て各幹部にして一層其取締に注意せしめ以て花柳病患者の増発を防止すべし
右内訓す

【意訳】
大臣より韓国駐箚軍司令官へ御内訓案

韓国駐箚軍隊所在地には多数の売春婦が来襲するため、兵員の取締を厳しくしなければ性病を軍隊に拡大させ兵力の消耗をきたすおそれが大きい よって各幹部は一層売春婦の取締に注意し、もって性病患者の増加を防止するように 右内訓する


※カナ書きをひらがな書きに訂正しました。


連戦連勝の日本軍を恐怖させた朝鮮人売春婦(閲覧注意)


この当時、朝鮮人は「性病」というものを知りませんでした。なので性病に感染しても、治療もせず、平気で売春していたのです。韓国駐箚軍の記録に『来集する朝鮮人売春婦を放任すれば、軍隊に性病が蔓延し、兵力維持上少なくない影響が出る』とあるように、朝鮮人売春婦は見ただけで性病に感染していると分かったのでしょう。

朝鮮人の性病検査を実施した記録には、『幼児にして遺伝梅毒だと考えられたものもあった』とあります。これは、朝鮮人が梅毒に感染しているのに妊娠して出産した、ということです。


出典:1942(昭和17)年 岩波諸点 京城帝国大学衛生調査部編 「土幕民の生活・衛生」 第四章 井出氏梅毒反応 



 土幕民(管理人注:どまくみん:天災で借地を放棄して京城などの都会に出てきた地方の農奴。他人の土地を不法占拠してバラックに似た土幕家屋を建てて住み着いたことに由来する名称。出稼ぎで渡日して来た朝鮮人もこの土幕民)の大多数は自由労働者であり、女子を除く井出氏反応陽性なる男子の大多数も亦(また)自由労働者である。

彼等の居住地は大都市京城に近接して居り、又土幕発生の由来は必然的に彼等を大都市の周辺に蝟集(管理人注:いしゅう:ハリネズミの毛のように多く集ること)せしむるものであって、実に彼等が日常生活の糧を求めるのは京城市街である。

故に社会的意識乏しく、倫理道徳の低劣な土幕民安価な享楽を求め、染毒の機会に接する事の多いだろう事は肯かれる。而して(そして)感染源は全て京城府内の公娼、私娼に求めるのが妥当であろう。然(しか)し経済的に享楽の余裕のない彼等ではあるが、低廉簡易な立飲屋、私娼窟等の誘惑は彼等の上にも及んでいるのであろう。

 女子は無職であり、感染をその伴侶である男子に由来するのは必然であるが、感染源に関する問診不完全で、統計としてあらわすことの出来ないのは遺憾である。

 幼児にして遺伝梅毒なりと考えられたものもあったが、倥偬(管理人注:こうそう:戦争でいそがしいこと。苦しむこと。困苦すること)の間に血液検査は行えなかった。又女子に於て分娩異常の殆(ほとん)ど皆無に近かったのは不思議に思われた。

七 治療状態 

 病識のない者が大多数で、又漠然とした病識はあるが、その病の重いのを知らなかったり、治療の意志はあるが経済の不如意なる為如何ともする事が出来ぬ状態で、到底病の治癒は望み難く、益々(ますます)病毒を蔓延せしめるであろう事は誠に恐るべき事実である。
 


なので、韓国駐箚軍の兵営や施設には、

このようにバラ疹ができた朝鮮人売春婦や、
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梅毒で頭髪が抜け落ちたり、肉体が腐り始めている朝鮮人売春婦、
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当時の日本で「大陸の猛悪な梅毒」といわれていた第二期で全身の肉が腐り始める悪性梅毒に感染した売春婦らが、来集していたと思われ……
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「幼児の遺伝梅毒」は母胎で梅毒感染した子供なので、朝鮮の母親の中にはこのような子供を抱いた者がいた、と思われます。
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【参考記事】旧日本軍が11歳から赤ちゃんの母親まで慰安婦に強制動員=韓国

韓国駐箚軍に押しかけた朝鮮人売春婦の数


当時の朝鮮人売春婦の数は、記録によると『1924(大正13)年、日本人・朝鮮人売春婦を合計して7651人』とあります。


出典:1927(昭和2)年 朝鮮総督府警務局 「朝鮮警察の概要」



九 私娼取締

 大正十三年(1924年)七月の調査に依れば全鮮に散在せる私娼及其(そ)の疑いある者内鮮人を通して実に七千六百五十一人の多きを算するの状況に在るを以て一団の革正的取締を要するものあり。



そして、1915(大正4)年から1916(大正5)年の朝鮮における売春婦(私娼)健康診断成績を見ると、私娼の大半は朝鮮人女性で約83%にのぼり、性病に感染している率も日本人の私娼よりも高くなっています。


出典:1928(昭和3)年 史誌出版社 道家斉一郎著 「売春婦論考:売笑の沿革と現状」 



一二、全道に於ける五ヶ年間密売婦健康診断成績

 大正四年以降大正八年(管理人注:「三・一独立万歳騒擾事件」勃発の年)を除き大正九年に至る五ヶ年間の朝鮮在住内地人(管理人注:日本人)密娼百八十一人中の花柳病患者は三十五人(一九.三四%)、鮮人一千〇五十六人中の花柳病患者は二百七十六人(二六.一四%)であるが、両者の罹病率を比較して如何に鮮人娼婦の衛生思想低きかを知るべきである。

【自大正四年至大正五年朝鮮に於ける密売婦健康診断成績】
区 別検診人員梅毒淋病軟性下疳
内地人18162093519.34
朝鮮人1056451656627626.14
1237511857531125.10


※管理人注:軟性下疳:なんせいげかん:不潔な性交が原因で感染する性病。多くは男女の陰部に潰瘍が発生して膿が出る。悪性のものは周囲組織が壊死する。【出典】1926(大正15)年 広文堂 赤津誠内著 「恐ろしい性病の根治と伝染予防」第二 軟性下疳の伝染と其の症状

【参考記事】同性愛者などに日本での売春を斡旋…エイズ感染者も含まれる=韓国 ライブドアニュース


そして、1908(明治41)年の韓国駐箚軍兵営・関連施設の所在地は以下のように42カ所なので、単純に約6500人の朝鮮人売春婦が押し寄せたとすると、一カ所あたり154人≒約160人です。

約160人の性病に感染した朝鮮人売春婦が韓国駐箚軍に押しかけ、兵営や施設から日本兵が出て来るのを待っていたのです。

しかも、彼女らは身なりも不潔でした。入浴するのは2、3ヶ月に一度です。

こののち、韓国駐箚軍は朝鮮のあまりの不潔さ(例:道路上で赤痢に感染した朝鮮人が粘液性血便を垂れている等)や日本では到底考えられない民間療法(例:天然痘で死んだこどもの死体を3年間、柿の木に吊るしておく等)のせいで、ウツ病になる兵が出始めたため、「韓国駐箚軍衛生心得」を編纂します。

その心得には、こう書かれています。

「朝鮮人との交通・接触を遮断せよ」

日本軍が朝鮮人女性を強姦するために「強制連行」した、とは日本のおかげで近代国家然としていられる韓国の捏造です。

【1906(明治39)年8月1日日本の船に呼ばれた朝鮮のキーセンと楽団】
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【朝鮮軍所在地:17カ所】
朝  鮮  軍  隊  名所  在  地
朝鮮司令部龍山
鎮海湾要塞司令部鎮海
永興湾要塞司令部元山
陸軍倉庫龍山
同  支庫羅南
龍山衛戍(えいじゅ)病院龍山
平壌 同平壌
羅南 同羅南
会寧 同会寧
大邱 同大邱
咸興 同咸興
衛戍監獄龍山
東京砲兵工廠朝鮮兵器製造所平壌
陸軍運輸部釜山支部釜山
同        出張所清津
同        出張所元山
朝鮮歩兵隊京城(現ソウル)


【在朝鮮師団配備表:18カ所】
師団・旅団・連隊・大隊名所 在 地
師団第十九師団司令部羅南
歩兵第三十七旅団咸興
同   三十八旅団羅南
歩兵第七十三連隊羅南
同   七十四 咸興
同   七十五会寧
同   七十六羅南
騎兵第三十七連隊羅南
野砲第二十五連隊
工兵第十九大隊会寧
第二十師団司令部龍山
歩兵第三十九旅団平壌
歩兵第四十旅団龍山
歩兵第七十七連隊平壌
同   七十八 会寧
同   七十九龍山
同   八十四 大邱
重砲大隊馬山


【朝鮮憲兵隊管区表:7カ所】
憲 兵 隊 名所 在 地
京城憲兵隊京畿道・江原道(通川軍鶴三面を除く)
清州 同中清北道・全羅北道・全羅南道 
大邱 同慶尚北道・慶尚南道
平壌 同黄海道・平安南道
義州 同平安北道
咸興 同咸興南道・江原道通川郡鶴三面
羅南 同咸興北道
【出典】1925(大正14)年 東洋協会 山根倬三著 「亜東指要:支那満洲朝鮮案内」 第十二章 軍事 第一節 陸軍 


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