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2014/08/03

中川元大臣急死、安倍総理追突事故…共産党治下のイタリアと今の日本がソックリな件


ブラジル訪問中の安倍首相の車列が、今度は玉突き事故を起しました。安倍首相の車が事故を起したのは、去年の4月27日の追突事故に続き二度目です。

今回の事故を聞いて思い出したことは、ムッソリーニ登場以前の、共産党治下のイタリアでは保守議員が殺害されることがあったということです。

事実、戦時中の日本でも、中国の親日派要人だった王克敏氏や汪精衛氏が暗殺の危機に遭遇するといった事件がありました。

都合の悪い人物は暴力で排除する、それが「平和」を叫ぶ共産党の本質です。


【王克敏氏】
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日本が北京に創立した新民学院で日本語の授業を行う王克敏氏。
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【汪精衛氏】
陥落後の南京に樹立された中華民国臨時政府(防共親日中国人自治政府)の要人だった。
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反共親日中国人に日支の親善関係樹立と新中央政府の成立を発表する汪精衛氏。hankyo_china200001.jpg


ブラジル訪問中の首相の車列で玉突き事故 外務省職員ら12人負傷
2014年8月2日  産経新聞

 【サンパウロ=是永桂一】ブラジル訪問中の安倍晋三首相に車列で同行していた日本人スタッフの車両3台が1日午後(日本時間2日午前)、サンパウロ市内で玉突き事故を起こし、首相官邸や外務省の職員ら計12人が首などに軽傷を負った。首相の車は巻き込まれておらず、首相や昭恵夫人にけがはなかった。2日以降の日程に変更はない。

 外務省によると、首相らが首都ブラジリアからサンパウロのグアルリョス国際空港に政府専用機で到着した後、市内の宿泊先のホテルに向かう途中の高速道路で事故が発生。前の車両が急ブレーキをかけ、次々に追突したという。

 事故車両には外務省の山田彰中南米局長ら約20人が乗っており、男性11人、女性1人の計12人が市内の病院で治療を受けたが、全員が宿泊先のホテルに戻った。

ソース元URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140802/plc14080212540015-n1.htm


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共産党員にボロボロにされたイタリア


ムッソリーニ登場以前のイタリアでは、王室や軍人がさげすまれ、共産党員は労働者の権利を主張して仕事をせず、特に鉄道労働組合の共産主義者は悪質で、軍人が列車に乗ると暴力をふるって車両からたたき出すといった有様でした。

そして、共産党員にのみ言論の場が与えられ、ポスターを貼る自由を得、保守派議員は殺害されることもありました。

次第に共産党員が叫ぶ「権利」によって、法はないがしろになり、国内は荒廃しました。そこへ共産党員を排撃して国を救うべく登場したのがムッソリーニであり、ファシスチ団(日本では「愛国者ファッショ」)だったのです。

共産主義は軍国主義の生みの親です。国が世界統一をめざす共産党員(当時は共産ソ連の人民戦線)に侵略されれば、強力な反動(保守)が登場するのは当然のことです。

日本国内の反日勢力は、日本の右傾化がイヤなら日本から出て行けばいい。しかし、彼らはそれをしない。

なぜなら、彼らの任務は「日本が自発的平和的に中国の属領になることを望んだ」ように見せかけることだからです。

暴力的手段を用いて安倍政権を打倒し、ふたたび民主党のような左翼政権を樹立し、日本が中国の属領になるように工作する。そういったイカサマが、日本の反日勢力が言うところの「平和的手段」だからです。

【1952(昭和27)年5月1日血のメーデー事件】
警官に角材をもって殴りかかる日本共産党と在日朝鮮人。
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【ムッソリーニ】
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本記事の資料


日本のことのようですが、95年前の共産主義革命の危機に直面したイタリアの状況です。


出典:1925(大正14)年 琢磨社 英国デーリー・メール特派通信員パーシヴァル・フィリップ著 大石隆基訳「伊太利黒シャツ団の護国運動」  二、共産主義治下の伊太利




 ファシスチ団が救出に来た当時の伊太利(イタリア)の国状というものは、全く共産主義者の掌中にあって孤立無援醜悪百出の有様で、未来の愛国者の子孫から見れば迚(とて)もありし昔の面影を想見することも敢えてし得ぬ様な国であった。

実にそれは恥ずべく悲しむべき有様であったのである。

 読者にして若(も)し当時の伊太利の国情を想像せんとならば、社会主義統治の権勢がファシスチ団の回天の事業を光威嚇々(かくかく)たらしめ世界の大評判とならしめた程に絶頂期にあったと考えるのが近道である。

こういう風に観察することによって始めてモスクワから放射弘通(こうつう:教法があまねくひろまる、広く世に行われる)されていた憎むべき教条が政府の軟弱、民衆の盲目的寛宏に乗じて、如何に国民を麻痺せしめ得たかをハッキリと見ることが出来るのである。

【西田昌司『悪政にひた走る野田とマスコミを糾弾せよ』】



疾患は初めから明白且つ公然であったが、世間体は何等有害もないように取扱われていた、吾々(われわれ)はどこにでもその症候を見付ける事が出来たが、いづれもこれを雲煙過眼視した。

赤色旗は街上の行進中に翻えり、共産主義の歌は公開の会合で口々に謡(うた)われた。

議会及び国王に対する毒々しき攻撃は印刷して配付され、到る所で絶叫された。

階級憎悪の挑発、暴動一揆の使嗾(しそう:そそのかすこと)等あらゆる手段が公然白日下に行われた。

こういう状態が伊太利疾患の初期であった。政府はブツブツと抗議しながらも何等手の下しようもなくそれを眺めていた

そして彼等が直接行動に移った時、政府はこれに妥協を申込んだ。これは恰(あたか)も火に油を注いだのと同様の結果を惹起した。

 非国家主義者反軍隊宣伝は急激に増加し、しかも着々功を収め、兵役は嫌忌すべき職務であり、速やかに全廃すべきものであるという事になった。

赤色煽動家や雄弁家等は自由に国内を縦横に馳駆して有害な演説を流布して廻り戦争の絶滅を唱えたり、無政府主義や私有財産掠奪をけしかけたり、癈兵(はいへい:傷痍軍人)を嘲罵したりした。然るに政府は尚手を拱(こまね)いて何事もすることがなかった

【オスプレイ反対】



【日中間の伝書鳩】
鳩山由紀夫肖像


 約二年間というもの共産党は北部伊太利に於て非常な高圧手段を用いた。

彼等のみが公開の場所で演説し、ポスターを貼る自由を得た。そして彼等に反対の節を述ぶるものがあると忽(たちま)ち脅嚇され、罵倒され、時には殺害されることさえあった。

共産党が占拠して暴力を揮(ふる)うている都市では少数派の自由党員は自説を述べることが許されず、多数派は野次罵声を彼等に浴びせかけ、或は棒切れや椅子を擲(な)げ付けて、彼等をして演壇から下りることを余儀なくせしめた。

【松岡利勝元農水大臣2007年5月28日縊死】
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【中川昭一元財務金融担当大臣2009年10月3日急死】
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 労働者は強制的に共産党倶楽部に加盟せしめられ、苛重な寄付金を強要された。

それで若(も)し寄付が出来ないとか、厭(いや)だとかいうことになると、彼等は夜中に敲(たた)き起こされその上収入の多寡に応じて寄付を倍加されるとか、ひっぱたかれるとかされた。

共産党の演説家等は労働者に向かって彼等の未(いま)だ嘗(かつ)て前に経験したことのない奴隷状態に彼等を突き落とす一方に自由要求の説教をして歩いた。

【中国共産党によるウイグル弾圧、虐殺】
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 共産党の政策は『政府を脅嚇し、政府が遁(に)げれば益々猛烈に彼等を圧迫し、愈々(いよいよ)益々彼等を強く追窮圧迫することによって、終(つい)に政府をして敗竄せしめよう』というのにあった。


 大戦後初めて議会が開かれた当時のことである、国王が議場に臨まれると同時に社会主義派の議員連は袂(たもと)を連ねて場外に出で、しかもいずれも不穏な態度を以て『彼を引きずり下ろせ』と口々に叫んだのであった。

【ブータン国王ご夫妻歓迎晩餐会でケータイをいじっていた蓮舫】


 軍隊に対する侮辱は急激に加わる一方で、1920年には政府が、将校に向かって軍服を着け、剣を帯びて公衆の前に出てはならぬという命令を発するといった仕末で、武勲赫々(かくかく)たる戦場往来の勇士も街上に出でて罵詈纔謗(ざんぼう:あしざまにそしること)を浴びせかけられ、勲章は上衣からもぎ取られた。彼等は結局赤手空拳を以てナイフや拳銃を帯びた者と応酬せねばならぬ有様であった

鉄道従業員はまた国有鉄道の支配者であった。従って若(し)車中に軍服を着けた将校を発見すると、直ちに下車を命じ、これに応ぜぬ場合は暴力を以て彼を車外に抛(ほう)り出して了(しま)った

【JR北海道 労組問題】


 銃騎兵及び禁衛兵の両警護制は特に彼等の憎悪及暴行の中心となった。

秩序維持の為めに派遣された部隊は相手にされず、侮蔑を受け、しかもこれに応報してはならぬと命ぜられた。

若し又銃騎兵にせよ禁衛兵にせよ、或る町から他の町へ移動するために鉄道を利用しようとしても、鉄道従業員は彼等が退去するまで動こうとしなかった。

 禁衛兵の将士も今は次第に動揺して来世間の風潮に対して無念さを感ずるようになった。兵卒等は最早無制限に野獣同様の取扱を受けることを堪(た)え忍ぶことが出来なかった。

そこで一将校は共産党の暴行者を引捉えて警官へ引渡したのであったが、その結果はどうであったか、政府は暴行者に対して彼がどういう処置を執ったかということを調査もせずに、却って彼の職を褫(うば)って了(しま)った

共産党は寧ろこの将校の苦しい立場をよく心得ていたのであるが、しかも政府はそれにシンニューをかけて彼を苦しめたのであった。

【田母神閣下「大東亜戦争はコミンテルンの策謀」と発言して更迭】
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 戦争以来、伊太利には必要の場合、犯人射殺を警察に命ずるだけの勇気ある政府は存在しなかった

こういった命令は馬鹿々々しく廻りくどい文章で用心深く認められ『的確』に且つ『敬虔の念』を以て実行すべきことを命ぜられる。しかしその結果はどうだろう。一例を挙ぐればこんなことがあった。

【愛知県警、立てこもり、警官射殺犯に「出て来てくれてありがとう」】
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 ミランの労働者が或る工場を占領した時警察側ではこれに干渉してはならぬと命ぜられていた。ところがある禁衛兵の将校が部下と一緒に運搬用自動車を駆っていたところ、その工場の屋根上からライフル銃で狙撃された。

そこで彼(か)の将校は全速力で自動車をそこにぶっ飛ばして扉をたたき壊し、内部に潜んでいた約三百名からの武装労働者を降伏せしめた。

然(しか)るにこの功績によって彼は忽(たちま)ち退官を命ぜられ職務を奪われて了(しま)った

彼は要するにこうした場合に必要な『敬虔』の念を以て行動しなかったというのであった。

【尖閣諸島中国漁船衝突映像を公開して更迭された元海上保安官】
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 また騎銃兵の一将校はその部下と或る村落から、暴動の起こっている他の村落に行進すべきことを命ぜられたところが、この一隊が通過せんとした一部落には住民がこの一隊を阻止すべく銃口を揃えて待ち構えていた。

そこで彼は流血の惨を避け、且つ所謂(いわゆる)『敬虔の念』を以て行動せんとして、故(ことさ)らに迂回した道を求めて、その部落を避けて通った。

この為(た)めに彼は前の将校と同様退官を命ぜられ職を褫(うば)われた。つまり彼は大切な『的確』に行動しなかったからというのである。

 こういった政府側の態度は警察官憲を喪心させ、愛国心の消え失せて居らぬ一部国民を憤らせた。そしてこの喪心と憤懣とが次第次第に重なって行くに従って、これはどうしてもファシスチと結んで自由の一路を進まねばならぬ、自らを解放せねばならぬという信念を抱くようになったのである。

 無力な政府は事毎に煽動家等の都合のいいようにのみ取計らった

そして政府の官吏共が生活の安定を得るために俸給の値上げを要求することがあっても、常に拒否せられた。そこで官吏等は絶望の極一種の社会主義系の職業組合を組織し、その結果彼等は勝手に自分等で取極めた俸給が支給せられることとなり、政府の狼狽は一ト(ひと)通りではなかった。

これにつけ込んで、共産党は彼等独特の恐怖政策の一としてこれを利用したこと勿論であった。

 そればかりでなく、政府から俸給を貰っている者の中に正真正銘の共産党員があって、公然国家組織の破壊覆滅の事業に参加していた、その最も顕著な例として、羅馬(ローマ)中央郵便局の一幹部はその勤務時間中局内に於て赤旗を打ち振ったり、共産党歌を高唱したりして時間を潰していた

また電信局の夜勤者等は夜間勤務料として特別手当を受けていながら、唯(た)だ徒(いたず)らに時間を空費してホンの僅かしか送信しなかった。


【菅直人総理官邸職員を暴行恐喝で逮捕-官邸を家宅捜索2010年11月4日】


【菅直人首相が拉致加害者団体に献金】



 政府も見るに見兼ねてこうした局員を解雇するようなことでもあると、全局員は一斉にストライキを以て政府を脅かし、解雇者の復職を要求した。解雇者は勿論復職を許されるのであった。


【JR不採用訴訟、最高裁で和解-旧国鉄が1世帯あたり2200万円の賠償金を支払う】








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