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2014/07/22

1920(大正9)年の戦後恐慌と強制連行神話


戦前日本は、朝鮮人の日本渡航阻止政策を何度も実施しました。その背景にあったのは、たび重なる不況と震災、アメリカの排日移民法と対日経済制裁などによって、日本人失業者が増加したことでした。


その他にも、近衛内閣が承認した無制限の臨時軍事費、それが原因で起った物資枯渇、昭和19年からは米軍の本土空襲が開始され、軍需工場も被害に合いました。なので、約200万人もの朝鮮人強制連行は必要ありませんでした。

【近衛文麿】
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日本人を苦しめた大量の朝鮮人出稼ぎ労働者


好景気と不景気は資本主義にはつきもので、第一次世界大戦軍需景気の反動で、戦後恐慌は起きました。


出典: 1987(昭和62)年 講談社 「20世紀全記録」



日本、戦後恐慌に突入 株価大暴落 全国銀行で取付け騒ぎ
1920(大正9)年 3月15日

休日明けのこの日、東京株式市場で株価がいっせいに大暴落を始め、市場は恐慌状態になった。

この恐慌には、

⑴戦後景気の世界的大反動に先行した
⑵戦後景気はまだ続くとみて恐慌善後策を謝った
⑶戦時成金を元の歩(ふ)にもどした、

という特徴がある。

この日の暴落に続き、翌月7日、大阪の増田銀行の決済不能を発端として金融界も恐慌に陥る。5月24日には横浜の七十四銀行も支払い停止になり、全国の銀行で取付けが続発する。

さらに6月ごろからアメリカ景気の反動が始まり、世界的な戦後景気の大反動が日本経済を直撃する。



戦前の日本企業は、第一次世界大戦軍需景気だった頃から、低賃金で仕事の内容を問わない朝鮮人労働者を優先的に雇用していました。

その結果、戦後恐慌が起きた時、日本人にとって朝鮮人労働者は忌まわしいものとなり、衝突の原因にもなりました。

また、次から次へと日本へ渡航して来る朝鮮人労働者は、先に日本に渡航していた日本在留朝鮮人労働者との間でも問題を引き起しました。

戦後、「強制連行の被害者」になりすましている朝鮮人は、実は加害者なのです。



出典:1927(昭和2)年 神戸市社会課編 「在神半島民族の現状」 第一章 調査の目的と方法に就(つい)て


  
 同じように大正七、八年の好況時代には朝鮮人は我が資本家から歓待される特異な条件を多分に持って居た為(た)め──即ちより安い労銀でより長くより困難な仕事を諾々として引き受ける原始的な労働者であったため、資本家が下にもおかん程に歓迎して呉(く)れた労働者であったのも無理のない話、朝鮮人は確(たしか)にその代表的なるものであった。

彼等は好景気時代には職業分野の上から見ても──内地人(管理人注:日本人)の経済的に安定された生活の上から言っても、内鮮人(管理人注:日本人と朝鮮人)間に労働を中心に何等トラブルの発生を誘引する原因が見当たらなかった。

槿花一朝の夢──大正九年のパニックは日本人の目の玉をひっくりかえした。続いて起る不景気──不況のいまわしい文字は昼となく夜となく人々の心を兢々(恐々)たらしめた。

この瞬間から我等に一つの新しい難解な問題が提供された、それは即ち朝鮮人問題の発生である。内地人労働者が必死の力をこめてなだれ落ちに落ちかかる失業の防止──労働条件の低落を根かぎり精かぎりに防止して居るとき、折も折──時も時ノッコリノッコリ低廉な労銀の所有者であり──原始的な労働者である鮮人の殺到することは──確実に内地人との間に問題を惹起せずにはおかない必然──の危険を包蔵して居た。

又(また)一方不況に依(よ)って生活の根底をグラグラ揺られながら漸く生計を営んで居る先住鮮人との間にも同時にやかましい問題を捲(ひ)き起さずにはおかない運命を持って居た。

平和であった小さい鮮人の天地にも内地人との間の紛糾と──し(ひ)っきりなしにやって来る新来鮮人との間に突発する種々なる問題の為めに──聊(いささ)か狼狽せざるを得なくなった。



【在留朝鮮人年別増加表:大正2年末~昭和12年末】(内務省警保局保安課調)
西 暦和 暦日本在留朝鮮人数
1913大正2年末3,635
1916大正5年末5,624
1919大正8年末26,605
1921大正10年末38,651
1923大正12年末(関東大震災)80,415
1925大正14年末129,870
1927昭和2年末171,275
1928昭和3年末238,102
1929昭和4年末275,206
1930昭和5年6月末287,705
1931昭和6年末311,247
1932昭和7年末390,543
1933昭和8年末456,217
1934昭和9年末537,695
1935昭和10年末625,678
1936昭和11年末690,501
1937昭和12年末735,689
出典:1973(昭和48)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「朝鮮人の共産主義運動」 司法省刑事局 昭和十五年一月「思想研究資料」 第一章 内地在留朝鮮人の一般的概況



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