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2015/05/27

日本は武力で朝鮮を侵略した!のルーツ① 詔勅事件  


国会で安保法制が審議され始めましたね。

極左野党が「自衛隊が他国の領海、領空で活動するのではないか?」という点に異常にこだわって、カン高い声でキーキーわめいています。

彼らの頭の中にあるのは、

日本の安保法制は、また朝鮮を侵略するためなのだ!!

という妄想ではないでしょうか?

「日本が武力で朝鮮を侵略した」。

その妄想のルーツをたどっていくと、旧韓国皇帝にたどり着きました。

1905(明治38)年、旧韓国は外交権を日本に譲渡しました。その原因は大韓帝国が点火した日露戦争なのですが、旧韓国皇帝高宗は外交権譲渡を恨んで欧州列国と米国に

「日韓協約は日本が武力で我が国に強要したものだ、日本の侵略から我が国を助けてくれ」

という密書を送りまくっていました。


【高宗】
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旧韓国皇帝と米英人の陰謀 「詔勅事件」



「詔勅事件」とは、日韓併合の3年前、1907(明治40)年の春に在鮮イギリス人トーマス・ベッセルが京城で発行していた排日煽動新聞「大韓毎日申報」紙上に韓国皇帝が欧州列国に送ったという密書が掲載され、その後、米国の新聞紙上に韓国皇帝が米国大統領にあてた密書が掲載された事件です。

大韓毎日申報に掲載された欧州列国あての密書の内容は、



こんなことになるとは思わなかった、日々、隣国日本の侵略はなはだしく、我国の外交権を奪い、我国が自由である権利も棄損した。 朕および挙国臣民は慟哭し、天にさけび、地に泣くしかない。

願わくは友好のよしみおよび弱きを助ける正義をもって、この事実を広く各友邦の議題となし、法を設けて我国独立の国勢を保ち、朕および全国臣民に恩をもたらし、万世に西洋列国の徳がほめたたえられることを切に祈っております。



というものでした。

また、アメリカ大統領あての密書は在鮮アメリカ人のハルバートがアメリカに帰国して、大統領に密書を手渡しました。

その内容は、



日韓協約は朕の本意ではありません。日本は兵力によって我国を圧迫し、この協約を締結させたのです。朕はあえて、この事実を世界各国の元首に訴えます。




【密書のあて先-英、露、独、仏、伊など】
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このことを知った伊藤統監は、韓国宮廷に出向いて行って、韓国皇帝を問いつめました。すると韓国皇帝は、すっかりしらバックレて

「そんなものは知らん。誰かが朕の勅令だと偽ってこしらえたものであろう」

と答える始末でした。

韓国皇帝のあまりの愚かさに、伊藤統監は唖然としました。

なんと韓国皇帝には、外交権もないのに日本蔑視のあまり米欧に密書を送ったというその行為が、どんな災いをアジアに招くかという意識がカケラもなかったからです。

もし、この時、AIIBにのっかるような強欲でアジア侵略の野心に満ちた国のどれかが、韓国皇帝の密書をネタに北東アジアに乗りこんできたならどうなっていたでしょうか?

日本がまたその国と戦争をすることになるのです。

詔勅事件は韓国皇帝が米欧と仕組んだ、新たな戦争の火種だったのです。

しかし、アジアに災いを呼びこむ放火魔韓国は、米欧が韓国の味方につくと思っていたのか、伊藤統監を見下したもの言いをしたのでした。

伊藤統監は「言ってもムダ」と思ったのでしょう、怒りをグッとこらえ、韓国皇帝に

「たびたびこういった事件が頻発するのは誠に遺憾である」

と言って、韓廷を退出しました。

のちの6月、今度はハーグ密使事件が起こり、とうとう激怒した伊藤統監は

「韓国は最早尋常一様の事を以てしては、到底収拾すべきにあらざるなり(韓国に常識は通じない)」

と察し、断然たる処置をもってハーグ密使事件を解決する決心をしました。

そうして事件の調査を進めていた途中、今度は日本が国家存亡をかけて日露戦争を戦っていた最中に、韓国皇帝がロシア皇帝に

ロシア皇帝陛下、皇太子ご誕生おめでとうニダ!!

という祝辞を贈っていたことが発覚しました。

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【ロマノフ皇帝と皇太子アレクセイ】
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【日露戦争-日本が負けると思ってロシアにすり寄っていた韓国】


この時の伊藤統監の血圧上昇は察するにあまりあります。その結果、日本は高宗に退位を迫ったのでした。

そしてさらに、韓国皇帝が 「アメリカ人外交官D・W・スティーブンスを殺害した者にほうびを与えよ」と指示した文書まで見つかったのでした。


【伊藤統監とスティーブンス】
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このように韓国の歴史は、韓国が犯した罪をまったくなかったことにして、なんでも「日本に武力で侵略された」ということにした捏造歴史です。

韓国や中国の対日戦法は「夷(い)をもって夷を制する=自国内に大国を引きこんで日本を威嚇する」というものですから、今の韓国が

中国にハシゴをはずされたニダ!!

アメリカは韓国より日本が好きニダ!!

韓国がアジアから孤立するニダ!!

と右往左往しているのも、国を挙げて大国に依存し、自国の防衛までさせてしまおうという朝鮮の民族性によるものです。

日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦までは日本が朝鮮半島を保護していたこともあり、朝鮮半島がロシアや中国の属領になることはありませんでした。

そして、日本の保護がなくなった今こそ、この対日戦法をやってもらいたいと思います。

なにしろ韓国は、日韓併合前から日本を軽蔑しているのですから。

そうすれば韓国も、大国の武力による侵略というものがどんなものか思い知るでしょう。

アジアに次々と戦争を呼びこんだ韓国、そして日本の極左野党に「平和」を口にする資格はありません。


本記事の資料


詔勅事件について


出典:1930(昭和5)年 黒竜会出版部 葛生能久 「日韓合邦秘史」 上巻



詔勅事件の内容

 詔勅事件の内容は、日韓新協約成立後、伊藤統監の日夜精励満腔の熱誠を傾けて、韓国の扶翼に努力されつつあるに反し、韓帝は再び日本の覊絆(管理人注:きはん。行動を束縛するもの)を脱せんとして之(こ)れが陰謀に腐心し、李容泰、沈相薰、金嘉鎮等の頑固派、及び英人ベッセル、米人ハルバート等と謀(はか)り、在外排日党たる李学均、李範臣、李容翊、閔永喆、玄尚健、閔泳贊、閔哲勲等と連絡して、各種の陰謀を画策し居(い)たりしが、明治四十年の春、トーマス・ベッセルの名を以(もっ)て京城発行の大韓毎日申報紙上に韓文を以て、韓皇より各国元首に送られたる左の意味の親翰を掲載せられたるものとす。

思わざりき、時局大変、強隣の侵逼日に甚(はなは)だしく、終(つい)に我が外交の権を奪い、我が自由の権を損するに至り、朕及び挙国臣民、慟哭憤悒、天に叫び地に泣かざるなし、願(ねがわ)くは交好の誼(よしみ)及び扶弱の義を垂念し、広く各友邦に議し、法を設けて我(わが)独立の国勢を保ち、朕及び全国の臣民をして恩を含み、万世に徳を頌(しょう)せしめられんことを。是(こ)れ切に祈る所なり。

又(ま)たハルバートは、之(こ)れと前後して米国に帰り、米国大統領に韓皇の親翰を奉呈し、之れを米国新聞に発表せるが、其(そ)の大意は

日韓協約は朕の本意にあらず。日本は兵力に依(よ)り圧迫して此(こ)の協約を締結せしめたるなり。朕は敢(あえ)て之(これ)を世界各国の元首に訴うるものなり。

と云(い)うに在(あ)り。

此の事実に接し、其の確証を握るや、伊藤統監は帰任の後直(すぐ)に韓皇に謁見して、之れを詰問したるに、韓皇は、莞爾として弁疏して曰(いわ)く 『之れ朕の全く知らざる所なり。恐らくは雑輩等が朕の勅と偽り称して斯(か)の所為(せい)に及びしものならん』 と。

統監は其の老獪(ろうかい)に唖然(あぜん)たるものありしも、心中別に期する所あり、深く之(これ)を追窮せず、唯(た)だ 『斯の如(ごと)き事件の頻出を遺憾とす』 との旨を残し退闕したるが、韓廷は官報を以て事実無根の旨を広告したるのみにて之(こ)れを糊塗しつつあるものなりとす。



ハーグ密使事件の黒幕米英と韓帝がロシア皇帝に送ったうやうやしい密書


出典:1930(昭和5)年 黒竜会出版部 葛生能久 「日韓合邦秘史」 上巻



海牙(ハーグ)密使事件と伊藤統監の激怒

 此(この)事件の背後の黒幕は僅(わずか)に数月前に行われたる詔勅事件の黒幕にして排日煽動を専業とする大韓毎日申報の発行者英国人ベッセルとコレアン・レビューの発行者米国人ハルバートと、露国滞在の元公使李範晋とにして、ハルバートは其の案内役として海牙(ハーグ)に同行し、之(こ)れが斡旋の任に当り、此(こ)の運動費二十万円は、韓皇の手形により、当時京城の電気鉄道を経営し常に宮中に出入し居たる米人コールブランの手より支出されしことも判明せり。


又(ま)た当時韓皇より露国皇帝に贈りたる親翰の草案は、韓皇の信寵最も深厚なる趙南昇が、一時仏蘭西(フランス)教会内に隠したりしを、間もなく同教会文庫中より発見したるが、其(その)草案左の如し。

朕今日の境遇、愈々(いよいよ)艱難(かんなん)にして回顧之(これ)を訴うる所なし。 唯(た)だ陛下に向って之(これ)を煩陳せんのみ。 尚(ねがわ)くは厚請せられんことを望む。弊邦振興の期全く陛下の顧念に繋(つなが)れり。

而(しか)して(そして)今や万国平和会議の開かるるあり、該会議に於て弊邦所(処)遇の実に理由なきを声明するを得べし。

韓国は曾(かつ)て露日開戦の前に於て中立を以て各国に声明し、皆(み)な承認せり。是(こ)れ即ち、世界の共に知る所にして、現下の情勢は深く憤慨に堪(た)えず。

陛下、弊邦の故(ゆえ)なくして禍(わざわい)を被(こうむ)るの情を特念せられ、努めて朕が使節をして弊邦の形勢を該会議開催の際に説明するを得せしめ、以て万国公然の物議を致さば、即ち之(これ)に因(より)て弊邦の原権庶(こいねがわ)くは回収するを得ん。

果して然(しか)らば是(こ)れ真に朕及び我が韓国民は感激して陛下の恵徳を忘れざるべし。貴前駐韓公使撤去に際し、願望の深衷を附陳し、兼ねて該公使に托(託)する所あり。惟(これ)に垂諒あらんことを望む。 (原文韓文)


始め韓国皇帝の密使が海牙の万国平和会議に現れたりとの報に接したるは七月二日の夜にして、政界は為(た)めに非常の緊張を呈し、風雲頗(すこぶ)る急なるものあり。

伊藤統監は、曩(さき)に詔勅事件に於て、既に満腔の不平禁ずる能(あた)わざるものありしに拘(かかわ)らず、当時思う所ありて之(これ)が追窮を避けたりしと雖(いえど)も、再び此の海牙事件の発生を見るに及び、激怒一層ならざるを得ず、韓国は最早尋常一様の事を以てしては、到底収拾すべきにあらざるを察し、断然たる処置を以て之(こ)れが解決に当るに決心せり。






【資料出典】
・アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B03041712900:1910(明治43)年6月 外務省 「韓国太皇帝ノ外国元首ニ対スル親書原本及趙南昇ヘ下セル密書発見並統監府ヨリ請求ノ際焼失ノ理由ニ依リ引渡方拒絶ノ韓国諸条約本書京城仏蘭西教会監督「ミューテル」ヨリ回収一件」




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